河童62

引きずる亡骸が重いのか、体は傾き歩いている。
若く愛らしかった娘の姿も、河童の亡骸のような気味の悪さを全体から惜しみ無く滲ませている。

坊主の方へと一歩一歩と近づいてくる。
愛らしくあるならば、静かに見守るが、近付く姿に一歩二歩と間合いをとりたくなる。
心の中は、「こちらに来るな。儂をたよるなっ。」
願ってしまう。
一歩、また一歩。引きづり歩く姿が不気味。
不気味姿の娘とは目が合わないのに気づく。
「ああっ塞いでいるのか。」
どうやら娘は坊主にむかい歩いているのではなく、坊主が娘の向かいたい道を塞いでいるのが解った。
切り落とした首が絡み付く手我が身。
亡骸引き摺り歩く娘。
すれ違うとき周りの血なまぐさい絵図と絡み、まさに地獄絵図。
娘は坊主の横を、ズリズリ引き摺る音を出し通りすぎてゆく。
その姿交わるとき、静かに、より固まっていた女たちの中から、
「ヒエッ、じ、地獄が地獄の様相が見える」
一番の年増が合掌して経を唱え座り込む。
坊主はハッキリとした意識と、気が遠くなりそうな刹那と、霞んだ目で娘の後ろ姿を見つめた。
娘の左手首を掴んだ河童の腕は、肘の辺りで千切れそうになっている。
死に際まで持っていた恨み。まさに怨念は千切れずにいるようだ。
「ど、どこにゆくのだ・・。」
薄れゆく意識を娘にむけて、行き先を考える。
「・・・地獄か。」
坊主の意識は途切れそうになるが途切れない。
娘の後ろ姿から、我が身に絡み付く首へ目を向ける。
その顔に見覚えはない。当然。
坊主は動く手で自らの手首を掴み顔の前まで引き上げた。
激痛があるが堪えて生首をみる。
「うむ」やはり知らない顔。
「よかった。」
せめてもの救いは、社に来た年寄りとその連れでないこと。
「成仏してくれ。」
静かに言葉が出るには出るが、申し訳ないと言う気持ちもあるような無いような。
自分が切り落とした生首は、まぶたを半分以上閉じ見つめ返しているようだ。
いく日ほど前の戦の世であっても、目を背けたくなる惨状。
坊主は特になにも感情がわいてこない。
生首は目の下から鼻にかけて肉がめくれているが、坊主はその傷に記憶はない。
思い起こせば、首へと太刀を二度三度打ち下ろし、首から断ち切った気もするが・・・。
「・・必死だった。覚えはない。儂も必死。許してくれ。」
自分を恨めしそうにみるまぶたの奥の眼を隠したい。
痛む左腕に力をいれ、首を胸元に保つ。
左腕を手伝う右腕の親指を伸ばし、左まぶた右まぶたと、眼を隠すように瞼を閉じるが、軽く開いて微かに黒目が覗きみる。
「閉じない・・・。」
恨みの強さか、生首の硬直か。
薄く開けた瞼の向こうから、坊主を見つめつづけている。
坊主は眼を見つめる。
ジワジワと背筋に感じるものがある。眼は何かを語りかけてくる。微かな言葉も聞こえてくる気がする。口元か、亡き胴体とかつて繋がっていた首からか。
なにも感じなかった生首を、もう、見ることが出来ない。




自分とか周りの友人知人とか、楽しめるように使います。何ができるかなぁー!(^^)!