小説月の道

  1  月あかり

天下分け目の関ケ原から幾年の月日が流れて今。
関東では湿った土地が開発され少しずつ乾いた土地へとかわり、賑やかに人々が集まり過ごしているという。

そのにぎやかな土地をはなれ、いくつもの山や谷をこえ、川を渡りたどり着く山村は木々の緑濃く豊かに栄えていた。

その山村は治めるものが出来ているのか飢饉への蓄えもしっかりとし、治水の土木作業も農繁期の合間でも休みなく進められていた。

その山村の寺の納所に一人の童子が住んでいる。

幼き頃に両親を亡くし、ものごころと言うものが付いたころには寺で経を唱え、座禅をくみ、雪の降る朝には大根を洗っていた。

周りの者は親もなく甘えることも知らない童子を不憫に思っているのだが、本人に至ってはさほど気にもしていなかった。

たしかに今夜のように月あかりもつよく昼間ほどでもないにしろ遠くまで見渡せる月夜には、丘のうえに建つ寺の納所から見渡す村の灯りに、
「家族で何を話しているのだろう。晩飯は食ったのかな、野良仕事の反省でもしているのかな」と家族の灯りを羨むこともあった。
「お父とお母にはさまれて寝るのかな」

童子には経験してみたくも思うことであった。

さびしさと共にある童子には嬉しく思うことがある。村で歳が十ほどで読み書きが不便なくできるのは自分一人だけだった。

月あかりと淡い村の灯りに
「家族がほしいときは野良仕事にいけば良いさ」

童子はよくはたらく。
幼くして皆の役に立たなければ生きていけないことを知り、声がかかれば寺の仕事を済ませて野良仕事を手伝い、赤子の守りをし、役に立ち皆に喜ばれるのが、自分が生きていくひとつの道だと理解していた。

人に喜んでもらえると。
「めしくってゆけ、泊まってゆけ」
声をかけてもらえてかわいがってもらえる。
もちろん人によっては、
「もう用事はない、かえれ」
荷役が終わればそのまま帰されるときもある。だが、
「助かった。また頼む」
そのひと言で童子には喜びがわいてくる。


確かではないが、生まれ落ちて九つか十かになる。自分の生まれははっきりしていなかった。素直で働き者で皆に可愛がられてはいたが、大人たちが閉口する性根がこの童子にはひとつあった。好奇心と言うものだ。

なにかに興味を持つと納得するまであきらめない粘る性根がある。
「なぜ、どうして」
興味があると考え、尋ね。
「きっとこうだよ。ああだよ、こう言うことだ」と、口が酸っぱくなってもやむことがなかった。

こんな童子だから寺に住み込んでいるのは刺激的なことだった。読み書きを修めるのはもちろんのこと、昔話に聞く天竺から、まだみぬ海をわたり、この山村まで仏の教えが伝わり来たこと。

または、旅の途中の者たちが寺に泊まったときに話してゆく、よその土地での妖怪話、鬼や河童、戦国の豪傑たちのはなしに土地に残る祟り話し。

それらの話を面白おかしく話して聞かせるので飽きることがない。

旅で疲れたものたちにとって、一日二日の童子の相手は心安らぐものであった。が、それも三日目になると「勘弁してくれ」と、だれも相手にしてくれない。

物分かりの良い素直な童子であるが、好奇心に心捕らわれると誰も止めようがなかった。

そんな童子は夜に、月明かりのなか納所から村を眺めるのが楽しかった。

少し小高い場所にある寺。
その離れの納所の二階に寝所をあたえられている童子は、戸を開け放し戸枠に頬杖つき、村の家々の灯りを眺めていた。

そんな初夏の夜。
「お月さまは家族があるのかな、星が家族かな。ウサギか居ると言うがどうも嘘っぽいな」

あふれる蛙の鳴き声のなか夜空へと呟く。
「おいらにとって月はお姉みたいなものだな、色々話を聴いてもらっている。お姉も口がきけたらよいのに・・・なにかに変化して出てきても嬉しいな。きっと綺麗なお姉さまになって現れるかな!・・。」

新月になると闇と一緒に星が出る。
月がでない夜だ。
さすがにその夜は月夜にはない寂しさがわいてきて、星に語りかけてみるが月のようには返事をしてくれない。
「お姉出てこないかな・・・なんだか寂しいや」

幼い童子は寂しさと共にある。常にそばにある寂しさに、その心が悲しさとは幸いにも気付いていない。
「おいらも家族がほしいや」
納所の童子は村の弱い明かりでふと思う。
「ここはお姉の明かりだけで他の明かりがないや」
童子は納所の奥にある鏡を丁寧に持ち出し、月そのものをうつす。

「ここには関ヶ原から流れてきたお侍の亡霊と、おいらとお姉だけだ。」


天下を手にした将軍家康が隠居して、新しい将軍が江戸城に住み着いてからは、家康の力が弱まり始めたのか、この辺りには関ヶ原から流れてきた大阪方の亡霊が、夜な夜な血と肉をもとめて歩き回っていると噂になっている。

ここ幾日か村では大事な鶏の数が減っていると云う。

それは鬼へと姿を変えた亡霊たちが徘徊し、一夜一夜血と肉を求め徘徊している証だと云う。

鶏の数が減ると云う事実と鬼の噂が、いついつの夜どこそこで、誰某が月夜の下を鬼が鶏を抱え歩いているのをみたと、話しもそれっぽく真実味を増してきていた。

つづく。

自分とか周りの友人知人とか、楽しめるように使います。何ができるかなぁー!(^^)!