イスラエル軍医療部隊同行記【第7話】
~東日本大震災、日本初となる海外からの医療援助受け入れ事例となったイスラエル国防軍医療部隊派遣。とにかく紛れ込んで同行したカメラマンの記録~
「訪問検診にむかうぞ。」
産婦人科医であり、大佐であるオフィールがそういうと、もう一人の産婦人科医であるモーシェと看護師が車に乗り込んだ。モーシェはキッパーという小さな帽子を頭に乗せている。イスラエル人でもユダヤ教の掟に従って生活している男性が身に着けるものだ。
車には日本人女性も乗っていた。志津川病院で被災し救助され、その後も医療活動を続けている助産師の三浦さんだった。地域の妊婦さんを把握している彼女の案内で車は走り出した。
南三陸町は津波で医療施設が全て流された。基本的に高齢化が進んでいるが、漁業を行っている浜には若い夫婦も多く、診療所にも検診に来た妊婦もいた。
しかし、少し奥に入れば道がまだ開いていなかったり、車を流されて避難所までたどりつけない人たちも多かった。
写真:被災した志津川病院のエントランスホール
地図を見ながら海沿いの道を進んでいく。道は自衛隊が開いてくれていたが、道の両脇はまだ津波の跡がそのままだ。波打ち際に車が転がり、山に漁船が取り残されている。
途中漁港を通り抜けたが人の姿はまだ見えなかった。
海沿いから少し高台に入る。リアス式海岸で有名な三陸は海と山が隣り合っている状態だ。
マイクロバスがようやく通れる道を抜けると高台に数軒の家が見えてきた。みな立派な日本家屋だ。
「そこ、右入ったところのお宅です」三浦さんがドライバーに話しかけた。
みんなで車を降りて玄関の前に立つ。モーシェは初めて間近に見る日本家屋に興味津々だ。
「すごいな、こんな大きな木造住宅なんて贅沢すぎて考えられない!」
岩だらけの中東では木材は高級品、街も家も石造りの国から来た産婦人科医には驚きのようだ。
玄関が開くと大家族がお出迎えしてくれた。妊婦さんの実家が被災し、二家族みんなでこの家に住んでいるという。
さっそく三浦さんにイスラエルの二人を紹介してもらい、私も通訳と撮影で一緒にいることを了承してもらった。
写真:問診するオフィールとモーシェ
「今いちばん不安に思っていることはなんですか?」
オフィールが問いかけた。
「津波から二週間、検診にもいけずにこの子の心音も聞けていないんです。おなかの中でどうしているのかがわからなくて、私も津波があって動揺しているからこの子が元気かどうか、、」
「よし、じゃあまずはベイビーにこんにちはしなきゃだね。」
そういうと、ラップトップ式のエコー検査機を準備しだした。
「この子に兄弟はいるのかな?」
大きなおなかにジェルを塗りながらオフィールが話しかける。
「はい、お兄ちゃんがひとり。そこの柱の影さ隠れてます。」
見ると男の子が不安げにこちらを眺めていた。
「お兄ちゃんに安心するように通訳してくれないか、怪しいもんじゃないよって。」
そんな会話をしているうちに家族の皆さんの雰囲気がほぐれてきた。
検査機の準備ができ、胎児の様子が映し出されてきた。
「お母さん、見えるかな?おなかの子はとっても元気だよ。」
写真:検診を行う産婦人科チーム
母親は満面の笑みを浮かべた。
それを見たモーシェが質問する。
「ちなみに男の子か女の子かは聞いているの?」
「いや、まだなんです。旦那がまだ聞かないって言ってたからそのまんまで。」
見守っていた若い父親が頭を掻きながら笑っている。
「そうか、じゃシークレットにしといたほうがいいかな?」
とモーシェがいうと、母親は
「もうこんなときだから聞いてもいいんでないの、ねぇお父さん?」
とちょっと強めに顔を見る。父親は無言でうなずいた。
「じゃあ男の子と女の子、どっちがいいとかあるかな?」
モーシェがいたずらそうに問いかける。
「うーん、上が男の子だから私は女の子がいいなぁって言ってたんです」
「そうかー。女の子か、、」
モーシェはわざとらしくタメをつくるとオフィールとにやにやしている。
「じらしすぎだろ!」と思わず私が突っ込んでしまった。
「よし、それじゃあ」
そういって母親の顔をのぞき込み、
「ビンゴ、女の子だよ!経過は順調、母子ともに健康、大変な中、お母さんがしっかり守っているからだね」
ニコニコしながらモーシェがそう伝えた。
母親はとても幸せそうに笑うと、その眼には涙を浮かべていた。
部屋の外で会話を聞いていたご家族もみんな歓声をあげながら、若夫婦双方、二人のおばあちゃんが手を合わせて軍医二人を拝みだす。
「お茶っこ準備してるからのんでってください。」
しきりにそういってくださった。
写真:みんなで記念に撮影をと
「次のお宅に行かなければならないので、検診が終わり次第このまま失礼します。今度、観光で来た時にはゆっくりお邪魔させてください。」
オフィールはそう言ってお誘いを辞退すると、一家にお礼と祝福の言葉を述べてまた車へと乗り込んだ。妊婦さんのご一家はいつまでも手を振って見送ってくださった。
高台から海沿いの道に降りていく。目の前には壊れた漁港が見える。
「子どもっていうのは未来なんだ。ここに未来が生まれてくる。きっとこの町も大丈夫になるさ。」
誰に言うでもなく、車窓を見つめながらオフィールはそう呟いていた。
―続く―
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