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幼心の君なれば―『銀の匙』再読

今年は再読の年、と決めて半年たった。
わりと順調に再読できている。

梨木香歩の『家守綺譚』『冬虫夏草』『村田エフェンディ滞土録』を約1カ月の間に読めたのはよかった。
恒川光太郎の『夜市』は夏の話だと思って7月に読んだのに表題作はしっかり秋の話だった。
豊島ミホ『エバーグリーン』もじんと来た。切なさとまぶしさがめいっぱい詰まった物語なのだが、時とともに私(と私を取り巻く社会)の価値観も変わってきたな、と思ったりもした。筆者が同い年なので、「ああ、私たちこういう時代を生きてきたよな」って思ったりする。そしてそれはもう過去である。
 
―そんなこんなのあれやこれやは置いておいて。
この記事では中勘助の『銀の匙』の話。
たくさん引用しちゃうけど、著作権は切れているから大丈夫(ですよね?)
 

私の「古典」:『銀の匙』

『銀の匙』、読むのはもう4回目。
茶ぶどうにとっての「古典」の一つである。
何度読んでも、「あ、こんな場面があったか」と思わされるし、
何度読んでも、「このくだりが最高に好き!」と喜んでしまう。
 
以下、表紙の美しい角川文庫から、今回特に心にかかったくだりを並べて、皆さまにもご鑑賞いただければと思う。

たくさんのおもちゃのなかでいちばんだいじだったのは表の溝から拾いあげた黒ぬりの土製の小犬で、その顔がなんとなく私にやさしいもののように思われた。伯母さんはそれをお犬様だといって、あき箱やなにかでこしらえたお宮のなかにすえて拝んでみせたりした。それからあのぶきっちょな丑紅の牛も大切であった。これらは世界にたった二人の仲よしのお友だちである。

p. 20

そうしてほっと息をついたときにせっかくの万燈と下駄をかたかた落としてるのに気がついた。浅葱のひもでいわえるだいじの下駄であったものを。

p. 23

「私」の幼少時の回想。体が弱く、心優しい伯母さんに大切に大切に守られて暮らしていた子どもの「私」の心が、20年以上の時を経てなお鮮やかであるという驚き。
本作品が作者・中勘助の半自伝的小説であるとしても「私」=作者、ではもちろんないのだが、そういうことではなくて。
子どもの頃の気持ちってこんな風に書けるものだろうか。
何がどうして大事だったか。
何がどんなふうに怖かったか。
ひとつひとつ、丁寧に掘り起こして、書けるものだろうか。

こわくてしようがない―感情の摩滅を免れて


お友だちとかくれんぼをするところ。

お庭へ曲がるところに竹矢来をして鵞鳥が二羽飼ってあるのがこわくてしようがない。そうっと通ろうとするのを恵比寿様の冠みたいな頭をのしあげてがわがわ追ってくる。やっとの思いでそこを通りぬけて茶畑のほうへゆくと隣の乳牛が埒のうえから首をのばして めえ という。それがこわいので茶畑のなかはいいかげんにしてお庭をさがす。

pp. 59-60

私は昔、着ぐるみをものすごく怖がったらしい。
4,5歳のころだったのか。例えばDランドの門を入ると歓迎してくれるキャラクターたちとかをすごく怖がったらしい。もうその気持ちは思い出せない。
 
小学校に上がってからは、夏の蝉が怖かった。それは覚えている。
ある日、自宅のスクーターのカバーに蝉がくっついていて、恐慌をきたし玄関に飛び込んだことがあった。
「お母さん!! あぶらぜみが! あぶらぜみがいる!!」
母が見たところ、それは蝉の抜け殻だったらしい。
また、お墓参りに行ったときか、蝉の死骸がごろごろ転がった道を歩くことになって、母にしがみつきながら目を閉じて歩いたときもあった。
蝉が死んだとき、腹を見せて落ちているのが怖かった。つぶれているのも嫌だった。目に入るとびくっっっ!!となった。心臓に悪すぎる。
 
「蝉が怖い」は高校時代以降に薄れていき、大人になってからはそのへんに転がっているのを見ても「セミファイナル……」などとつぶやく余裕ができた。感情の摩滅。
 
そう、感情は大人になるにつれ、鈍くなりがちではないだろうか。
いつまでも子どものころのように何に対しても敏感に反応していては人生やっていけないからだろうか。
しかし、『銀の匙』は大人の作者が、まるで今体験しているかのような鮮やかさ・深さで、子どもの気持ち、子どもの世界を描いている。
 
「私」が学校で実は「びりっこけ」なのだと知らされたとき。

私は長いあいだびりっこけだった面目なさをいちどきに感じた。先生は私を脳の悪い子だと思って休み放題に休ませ、いくらできなくてもしからなかったのだ。私はやっぱしばかにされてたのだ。私だってびりっこけの愧ずべきことぐらいは知っている。ただいくら懶けても一番だと思えばこそ勉強しなかったのだ。はやくそういってくれさえすればおさらいもしたし、ずる休みもしなかったのに。思えばみんなが恨めしい。

p. 98

学校でもマイペースで、ひたすら「天下泰平」(p. 94)にしていた「私」が現実を知らされて大泣きする。初めて読んだときから好きな場面。かわいらしいし、かわいそうだし。子どもの絶望が奔流となって押し寄せる筆致。そうだよね、みんなが悪かったんだよね……と慰めたくなってしまう。

美しい時間・sense of wonder

お惠ちゃんとあやとりをする場面の結びの美しさ。

お惠ちゃんは十の指を順にかけて
「ぺんぺんことかいな」
と琴をつくる。わたし
「おさるさん」
「鼓」
あだかもお互いの友情が手から手へ織りわたされるかのようにむつましくそんなにして遊びくらした。

pp. 109-110

あまりにも、あまりにも、甘やかである。
お惠ちゃんとはほかにも、月光を浴びて「透きとおるように青白くみえた」腕を見せあいっこするなど、夢のような思い出の場面がたくさんある。
 
また、もう少し大きくなった「私」が蚕が繭、蝶と変態し、卵をうむのを見たときのこと。

それはまことに不可思議のなぞの環であった。私は常にかような子供らしい驚嘆をもって自分の周囲を眺めたいと思う。人びとは多くのことを見なれるにつけただそれが見なれたことであるというばかりにそのままに見すごしてしまうのであるけれども思えば年ごとの春に萌えだす木の芽は年ごとにあらたに我れらを驚かすべきであったであろう、それはもし知らないというならば、我々はこの小さな繭につつまれたほどのわずかのことすらも知らないのであるゆえに。

p. 152

最近『ソフィーの世界』も再読中なのだが(なぜか英語版を買ってしまい遅々として進まない)、まさにこのことが書いてあった(手品師のシルクハットから出てきたうさぎの毛の中の蚤……)。そうか、「私」もまた哲学者なのだ。

愛の再訪―十万億土までも

 最後に、「私」をだいじにだいじに瞳のように育ててくれた伯母さんとの再会のシーンから。

 伯母さんはあとでさわりはしないかと思うくらいくるくると働いて用事をかたづけたのちひざのつきあうほど間ぢかにちょこんとすわって、その小さな目のなかに私の姿をしまってあの十万億土までも持ってゆこうとするかのようにじっと見つめながらよもやまの話をする。

pp. 174-175

ひょんなことから遠くに住むことになって、長い間会えなかった伯母さんの「私」への深い愛情と、老いた(とはいえ七十、八十ではないだろう)伯母さんを懐かしく見守る「私」の心が、しみじみと伝わってくる。
 
 
 
今回、青空文庫版をコピペし、手元の角川文庫(平成元年初版発行)版の表記に戻すという邪な作業をした。驚いた、こんなに違うのか。大正入ったころに書かれた本なのだ、当然かなづかいは今とは違うのだった。オリジナルに近いバージョンで文庫にしてほしい。

 

最近メルカリにて『銀の犬』を含む文庫セットを格安で入手。この2冊は最も美しい表紙の文庫本としていつまでも手元に置いておきたい


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