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3.11から10年。頭の中でいまも鳴り響く音楽とは

文/布施雄一郎

3月11日、東日本大震災から10年を迎える。筆者はその日、都内の自宅にいた。生まれて初めて経験する、命の危険を感じた揺れだった。あれから、10年経った今、この時期になると自然と頭の中で鳴り響く音楽がある。今回のコラムでは、その3曲を取り上げてみたいと思う。


サカナクション「目が明く藍色」

この曲自体は、震災前の2010年に制作され、同年にリリースされたアルバム『kikUUiki』のラストに収録されている。作詞・作曲を行った山口一郎氏によると、構想に約8年の歳月をかけて完成させたという、7分を超える大作だ。

曲はフォーク調で始まり、そこからダンス・ロック的なビートに変わると、狂気すら感じさせる激しいシンセ・ソロを経て、再び冒頭のテーマが静寂に響く。そしてここから、次第に音像が壮大に広がっていき、感情の高ぶりが頂点に達すると、荘厳なコーラスの響きで幕を閉じる。そこで歌われるのは山口氏ならではの、さまざまな意味合いが幾重にも織り込まれた文学性の高い詩であり、まさしくサカナクションの真骨頂と言える楽曲だ。

その軸を貫いているのは、「再生」。生命、精神の再生だ。それと同時に筆者には、魂を浄化させる鎮魂歌のようにも感じられる。

そうした印象を決定づけたのは、2014年3月11日、全国ツアー《SAKANAQUARIUM2014 "SAKANATRIBE"》でのZEPP TOKYO公演。アンコールのラストに、この日だけ特別に演奏されたこの曲を全身で受け止めた時だ。この時、山口氏はMCでひと言も触れなかったが、この日、この曲を歌う意味は、息をするのも忘れるほどに、強く、激しく、そして柔らかく伝わってきた。そこに、山口氏の祈りを感じた。

そのステージの光景を、サカナクションのプロデューサーである野村達矢氏が自身のTwitterにアップしている。楽曲と共に、この時の眩しいばかりに美しい光景を、いま改めて、広く紹介したい。

大友良英「あまちゃんのテーマ」

「あまちゃん」は、言わずと知れた2013年度のNHK連続テレビ小説。このオープニングテーマは、ドラマを見ていなかった人も口ずさめるほどの大ヒット曲となり、もはや原曲を知らずとも、高校野球の応援曲として知っている人も多いことだろう。

ドラマそのものは、被災地である岩手・三陸鉄道(ドラマの中では“北三陸鉄道”という名称だった)を舞台にしたもので、物語の終盤には震災シーンも織り込まれたものだったが、ドラマそのものの紹介については割愛する。ここで触れたいのは、“朝ドラ”テーマとしては異例のインスト曲であった「あまちゃん」のテーマ曲が、なぜこれほどまでに大ヒットしたのか。それはこの曲が、現代の歌謡曲になり得たからだと思う。

かつての昭和時代は、家族で1台のテレビを囲み、全国各地、どこの家庭でも、同じ番組を視聴していた。だから世代を超えて誰もが知る名歌謡曲が何曲も生まれたのだが、今や家族全員が別々にテレビを視聴し(もはやテレビすら見ずに、YouTubeやTikTokなのかもしれないが)、さらに音楽そのものも細分化され、あるカテゴリーでは大ヒットしていても、隣のカテゴリーではまったく無名という状況は当たり前。そんな時代の中で、「あまちゃん」のテーマ曲は、誰もが知る一曲となったのだ。

その理由は何だろうかと考えた時に、震災うんぬんということ以上に、作曲者であり、「あまちゃん」の劇伴を担当した音楽家・大友良英氏の音楽に対する向き合い方が色濃く表現された結果のように思える。

大友氏は、即興演奏やアヴァンギャルドなノイズ的作品を手がける一方で、こうした劇伴やポップスも制作しているが、メディアでの発言として、よく「上手いか下手かは無関係に、大勢で一緒に何かをやることの面白さ」について語っている。ここで注目したいのは、「みんながひとつになって成し遂げること」ではなく、「大勢で一緒に何かをやること」に重きをおいている点だ。そこには、個性はバラバラでいい、価値観は違っていいという大前提の思考が宿っている。

意見は違っていいよ、でもみんなで一緒にやると楽しいよ、と。

もちろん、「あまちゃん」スペシャル・ビッグバンドのメンバーは、いずれもトップ・ミュージシャンばかりの、錚錚たる面子だ。そんなメンバーが、例えるならば、お揃いの衣装で一心同体となって演奏しているという凄みではなく、各人が普段着で、デコボコの個性のままに一緒に演奏している愉快さが音に滲み出ているように感じられる。だから聴く者は自分でも演奏してみたくなるし、楽器ができずとも、自然と口ずさんでみたくなる。

なお、作曲者の大友氏は十代を福島で過ごし、震災直後に、遠藤ミチロウ氏や和合亮一氏と共に「プロジェクトFUKUSHIMA!」を立ち上げている。その中で、福島に地元に愛情を持つ大友氏が行おうとしたのは、押し付けがましく復興を叫ぶことではなく、もっとも力を入れていたのは、なんと“盆踊り”。そう、まさしく“みんなで一緒に踊ろう”というお祭りを福島で実現しようとしたのだ。「あまちゃん」は、そこと地続きなのだ。


マイア・ヒラサワ「Boom!」

最後に挙げておきたいのが、この曲。10年前の3月11日は震災に見舞われた日でもあったが、一方で、九州新幹線が全線開業する目出度い日の前日でもあった。

そのお祝いのために、全線開業予定日の20日前となる2月20日、試験運転の新幹線に向かって「手を振って声援を送ってください」と呼びかけ、撮影・製作されたCMが、「JR九州/祝!九州キャンペーン」だった。

この曲に採用されている「Boom!」は、日系スウェーデン人のシンガー・ソング・ライター、マイア・ヒラサワの書き下ろし。「人々が笑顔になるような曲」というJR九州の依頼を受けて、彼女は「Boom!」を作ったのだという。そして撮影日、新幹線沿線に集まった人たちは、JR九州が事前に募集した1万人を大きく上回る、約2万人だったそうだ。

しかしながらこのCMは、震災を受けて3/11夜から放送を自粛。“幻のCM”となりかけた。ところが、JR九州がこのCM動画をYouTubeで公開すると、むしろ被災した人々の心の傷を治癒し、日々続く極度の緊張感を和らげるものとして広く受け入れられ、遂には放送を再開。さらに海外でも高く評価され、カンヌ国際広告祭のアウトドア部門で金賞を受賞した。

何が人々の心を打ち、国内外で評価されたのか。それはきっと、このCMに映っている人々の笑顔と、ごく普通の日常の生活の営み、その尊さだろう。それは10年経った今でも、十分に心を打つものだ。余計な講釈はここまでにして、いま一度、是非みなさんにこの曲を聴き、動画を見て、感じていただきたい(ここで画質のいい広告製作会社の公式動画を紹介しよう)。


今回取り上げた「あまちゃんのテーマ」は、震災を経て作られた音楽であることは間違いないが、「音楽の力で被災者を勇気づけよう」という作為性をもって作られた音楽ではなく、極めて純粋に、音楽の楽しさを探求したからこそ、被災者のみならず、全国の多くの人々を笑顔にすることができたのだと思う。

また、「目が明く藍色」と「Boom!」は、いずれも震災を受けて書かれた曲ではない。先述したが、「目が明く藍色」は震災以前に書かれた曲だし、「Boom!」も偶然に時期が重なっただけで、そもそもは九州地方が元気になるようにと書かれた、言ってみれば東日本とは無関係な曲だ。

それでも、甚大な災害を目の当たりにし、感情をなくしてしまった人々の気持ちを大きく揺さぶるものとなった。そう成し得たのは、これらの音楽(「Boom!」に関してはCM映像も含めて)が、安易なツールとしてではなく、全身全霊を込めてクリエイトされた作品だったからにほかならない。

これから新たに生まれてくる音楽もそういうものであって欲しいと願いつつ、今年の3月11日も、この3曲を思い浮かべながら、自分なりに祈りを捧げたい。



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