医学系は、血を見るのが苦手だったりする(注射も針が刺さるところを見れません)ので、精神疾患系であっても、小説、ノンフィクション問わずにどちらかと言うと食指が動く方ではないのですが、、これだけ話題になっていると反対に気になりまして、、さらっと読んでみました。
著者のアビゲイル・シュライアーさんは私とほぼ同世代か少し下くらいと思われますが、上述の感覚は国は違えど日本でも似たような感じでは?と、同世代の女性の方にもうかがってみたいところです。
中高の10代後半から大学卒業くらいまで、気の置けない友人達とあーだこーだと少し背伸びをしながら愚にもつかないことをダベりあって、いろいろと失敗も重ねながら社会性を成長させていったと、それは大枠では今でも変わらないのかなぁ、なんて、中高と部活やクラス行事に打ち込んで、楽しそうだった息子を見ていると実感としてもあります。大学でも複数サークルで悩み、バイトやらなにやらも模索中で、授業はまだつまらないようですが、地元の友達とも夜遅くまでウダウダしていることも多く、まぁ、これからでしょう、いろいろと。
それでも自分(や家内)の時代と違うのは、人の輪が「相手の顔が直接見えない」環境でも広がっていくとの点で、ようは「相手の長短を直接に見ることなく」、相手を理想化、ややもすれば神格化してしまい、結果として思考停止に陥りやすくなってしまう傾向もあったりするのでしょうか。そういえば、平日の夜に彼女の家に電話してお父さんが出て(つれなくされて)冷や汗という経験、今の子たちはないですよねぇ、、閑話休題。
仮に最大限の努力をしたからと言って誰もが、例えば大谷くんや北川景子さん、みたいになれるわけではないってのは、身近な友人たちとワチャコチャとコミュニケーションしていれば自然と相対化できていくものですが、、特に、高校・大学になると会話・思考の志向が合う子も増えてくるでしょうし。
ある種の見方によってはその機会が奪われてしまっている、、現実社会から孤立化させられているとのことで、これは今後、日本でも同種の問題が出てきそうだなぁ、とも。
取り返しのつく可逆的な判断(過ち)であればある程度放置しておいてもよいと思いますが、取り返しがつかない「不可逆的な判断」は、少なくとも大学を卒業するまでは抑制的にみておきたいところです。
本書は、様々な角度からの分析をしていると思います。トランスジェンダーを自認した人々、その自認に影響を与えているインフルエンサー、外科的治療まで促すセラピスト、若い(ティーンエイジャー)内は注意深い経過観察に留めるべきとの医師、LGBTQの当事者たち等々、きちんと地に足を付けた取材をされていると感じました。
個人的には、算数やスポーツが好きな女子、歌や演技、お絵かきが好きな男子を「ジェンダー・ノンコンフォーミング(性に関する旧来の概念に合致しない人)」と区分することは、算数、スポーツ、歌、演技、お絵かき等々の各種「文化的行為」に対する冒涜ではないのかなぁ、、ただの好みに性別の色を付ける必要はないでしょうに、とも思いました。
なんというか、トランスジェンダーをヒエラルキーの上位に定めてしまうあたり、どうにもカルト宗教(や共産主義者、左右問わずの全体主義者)と同質だよなぁ、との判断しかしようがないですが、、「革命はいつもインテリが始めるが夢みたいな目標をもってやるから、いつも過激なことしかやらない」なんて思い出してしまいますね、他人様の状況を全く顧みない辺り「活動家」とはよくいったものです。
なんとなく『11人いる!』のフロル(両性未分化で成人くらいに意識的に分化する設定)を思い出しました、なかなかに寓話的でSF物語だからこその美しさもありますが、、物語の中では性別分化が不可逆的な匂わせだったので焦らずに見極めている(青春を謳歌している)、といった感じだったかな、、久々に読み返してみよう。
あくまでも、取り返しのつく経験を迷いながら重ねていってほしい、それが未知の事柄でも何でもよいので。一昔前は大麻などの薬物が「取り返しがつかない経験」の代表格でもありましたが、今はその対象が増えたとのことでしょうか、SNSなどの「相手の顔が直接見えない」環境にブーストされる形で、、一応親としては、子どもには「取り返しのつく」選択肢を増やすよう留意しておきたいところです、少なくとも、大学を卒業するまでは。
そういった意味では、特に思春期(中高大辺り)のお子さんがいる方はお勧めです。少なくともヘイト的な要素は欠片も無いですよ、両論併記と言うか多様な切り口でフラットに比較していると思います。まぁ、家族との概念を壊したい共産主義系の活動家には都合が悪いのかもしれませんが。
現実の街の書店でも対応が分かれています。脅迫に対する不測の事態を避けるとの観点があるのは理解できますが、個人的には、新書・古書問わずに、実店舗にはセレンディピティを期待していくので、その可能性を自ら摘んでしまうのであれば、ちょっと寂しいですね(取り扱う気がないのは問題外ですが)。
仮に脅迫とかされてるのであれば被害届けは出されてるのかな、京アニ事件の悪夢を繰り返させないためにもきっちりと対応していただきたいところです。
ここ最近は明確に買いたい書籍はAmazonを活用させていただいています。楽ですし、時間の節約にもなりますから。古書なんかは転売価格になっていないかの確認が必要ですが、、なんにせよ実店舗が自己焚書、自己検閲をしているようでは、この流れに拍車がかかってしまうかなぁ、との懸念とともに。
そういえば余談ですが、日本図書館協会さんは声明くらい出してくれないのかな、「図書館の自由に関する宣言の”第4 図書館はすべての検閲に反対する”」への挑戦だと思うのですが、、ふーむ。。
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