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【短編小説】無償化

ー近い将来ー

「はい、それでは今日はこれで終わりにします」
担任が、生徒たちに微笑みかける。ホームルーム終了だ。
「では、速やかに廊下に並んで、講堂に向かいますよ」
生徒たちは、廊下に並ぶ、部活に参加している者も多いが、その前に出席しなければならない行事がある。
生徒たちが廊下に整列すると、担任が先頭に立ち、講堂に移動した。

20××年、日本において、義務教育の無償化が施行されると、新たなビジネスが急激に発展していった。
企業による「学校の経営」である。
「どうせなら、義務教育だけではなく、高校、大学も無償化にならないものか」との声を反映し、「それなら、それは企業が受け持ちましょう」との流れが生まれた。結果、高校そして一部では大学の経営に乗り出す企業が増え続けている。
どの企業も「無償化」を、全面に打ち出し、多くの支持を集めていた。

講堂に集まった生徒のほとんどが、落胆する。
今日、ステージに立つのは、シュールなギャグが特徴の
「オールドファッションズ」だったのだ。
全校生徒が集まったのが確認され、幕が上がる。
中年男性二人が、ステージに立っていた。
「オールドファッションズでーす」
「どうもぉ、やる気のない漫才しまーす」
これが掴みらしい。全く面白くはないのだが、生徒たちは身を守る術を心得ていた。
手を叩いて爆笑する。
「腹痛てぇー」
「オルファショ最高ーっ」
最後部で腕組みをして、目を光らせていた理事長が満足そうに頷く。

「いやあ、季節はもう春だねぇ」
「そうだね」
「春といえば、花見の季節だよね」
「そうだね」
「じーっ」
「何してんの?」
「君の鼻見てんの、ハナミだけに」

なんだこれは。笑わそうという気がないのだろうか。でも、無償で高校に通い続けたいのなら、笑うしかない。
講堂にいる全生徒が爆笑する。
それを見ていた理事長がつぶやく。
「オールドファッションズ、上達したなあ」

この高校の経営者は、大手芸能プロダクションである。多くのお笑い芸人が在籍しているのが特徴だ。この高校も、無償で教育を行なっているが、そのための条件がある。
毎日、放課後に行われるステージを見なければならないのである。
経営者としてはいくつか利点がある。まだブレイクしていない芸人たちの知名度をあげることができるのだ。
生徒たちは、この後SNSを使って、芸人について投稿することが義務付けられている。また、芸人たちにしてみれば、経験を積むことができるというメリットもある。
さらに、この高校に通う生徒には、夏休みはほとんど無い。
お笑いイベントのスタッフ、全国にある直営のライブハウスなどで、交代制でバイトをしなければならないのだ。バイト代は出るが、微々たるもの。それでも文句は言えない。無償で学校に通うための義務なのだ。

やっと「オールドファッションズ」のステージが終了した。でもまだ席を立つことができない。全員スマートフォンを取り出した。アンケートに答えるためだ。
毎度、頭を悩ませるのが500文字以上の感想の提出。
これを送信しなければ、講堂から出ることができないのだ。

(終)

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