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習慣という土台づくり

あるとき聞かれたひと言
「ルーティンとかってあるの?」

言葉が出なかった。
私にはまるで程遠いものだったから。

朝は必ず○時に起きて運動をする、とか
筋トレや英語の勉強をするとか。
いわゆる、自分を支える習慣がなかった。

あれ、やろう。
これ、やろう。

誰よりも人一倍に好奇心はあったし
きっとそのステップを誰よりも踏んだ。
だけどステップを継続させていくだけの
強い意志も目的もなかった。

目的のない行動に持続性はないし
目的のない意思に本当の答えはない。

あくまで個人的な持論だけど
自分を通して気づいたことでもある。

例えば筋トレをしようと試みた時期もある。
ジムも通ってみた。
でも「習慣」にはできなかった。

なぜか。

そこに「目的」はなかったから。
スリムなボディーに薄ら憧れを抱いていたものの
強く心から願うほどの意志ではなかったし
実際に現状のボディーに大きな不満はなかった。

もっと厳密にいうと
スリムなボディーを手に入れて
「どうしたい」っていう明確なビジョンが
そもそもなかった、という言い方が近い。

その「どうしたい」の根源に
・彼を振り向かせたい
・結婚式までに痩せたい
・好きな服を着れるようになりたい

などの、動機と目的に直結する欲求が
自分の中でなかったからだと今は分かる。

だから続けていくことの必要性もなければ
仮に続けた先に「求める」答えは迷宮のまま。
そもそも、そこにないのだから。

そんな私が今、習慣にできてることがある。

「瞑想」「5時半起床」「手帳をつける」
この3つだ。

文字だけをみると些細なことに見えて
一般的に「努力」を感じにくいような習慣。

でも、私はそれでよかった
いや、”それがよかった”

実際、些細に見えて
結構「メンタル」の勝負でもある。

普段、情報の渦の中で生きる私にとって
「考えない時間」「空っぽにする時間」を
意識的に持つことは容易じゃなかった。

それに何より
ただ目を瞑る行為に何の効果があるのか
半信半疑だった私にとっては、
瞑想を理解をしようとする上において
ハードルが高く思えたのも、事実で。

ただ、根源に「整えたい」と強く思ってた。
目の前の”現在”を満たせていないのに
いつも未来ばかりに目を向けて
理想と今の自分のギャップを感じては諦め
”自分”とは何だろう、と嫌気がさしてた。

未来に目を向けることが悪いのではなく
今の自分をしっかり認識しようとしなかった

今を、生きる。感じる。
圧倒的に欠けていた。

未来の自分は「今の自分」の積み重ね。
その今の自分が「今」に目を向けていないなら
想像する未来の末は「空っぽ」なんだと。

そこから、瞑想に対する意識が向いた。

それと同時に早起きと日々の感謝を
手帳につけて「満たす」ことに意識した。
今までは大体続かなかったけど、
今の自分にとって必要な行為だったし
1ヶ月以上経過したけれど良い方向へ進んでる。

ベース(土台)が整うと
パフォーマンスは向上する。

今まではベースが不安定な状態で
てっぺんの角ばかりを気にして
良く見せようとしていた。
でも、それは一時的なものですぐに崩れる。

「土台」があってこそ、てっぺんは成り立つ。





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