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#読書

詩の自覚の歴史 山本健吉

詩の自覚の歴史 山本健吉

 恥ずかしながら、大伴坂上郎女って知りませんでした。この時代の郎女いうたら、石川郎女。大津皇子といい感じで相聞歌を交わして、草壁皇子には返歌しない、つまりコケにした石川郎女。もしかしたらいなかった、大伴家持の創作かもしれへん石川郎女。だけしか知りまへんでした。はい、浅学の身です。
 大伴坂上郎女は、家持の叔母さんなんです。女性では額田王の次に万葉集に載った歌が多いんですってね。
 本書の後半、筑紫

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センチメンタルな旅・冬の旅 荒木経惟

センチメンタルな旅・冬の旅 荒木経惟

 アラーキーの写真集である。
 私はこれまで写真集は二冊しか買ったことがない。ひとつは本書で、あとひとつは神藏美子さんの「たまもの」である。最初に買ったのは本書で「たまもの」は後から買った。
「たまもの」は、評論家の坪内祐三のところから、編集者の末井昭のところに走った作者が、坪内への恋情も断ちがたく、苦しんだ愛憎の五年が記録されている。アラーキーが言った「私写真」の方法である。
 そして本書は、ア

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天才泉鏡花 新小説

天才泉鏡花 新小説

鏡花に関しては批評はいらない。唯一無二。この人の後に、二度と鏡花は出ない。芥川も谷崎も永井荷風も川端も、みんな鏡花が好きだった。生前対立した自然主義の面々も、鏡花が死んで歴史になれば、やっぱり鏡花を尊んだ。
お化けだ幽霊だ義理だ芸者だ荒唐無稽だ絵空事だ、言ってはみても誰も鏡花のように書けはしなかった。鏡花は文章を読めばいい。そして酔いしれれば、それで良い。「たけくらべ」の出だしは名文だろう。違った

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六白金星 織田作之助

六白金星 織田作之助

 傑作である。作之助には、「夫婦善哉」「世相」「アド・バルーン」「競馬」と、数多くの名作があるが、「青春の逆説」のような漫画みたいな小説(誉めてる)もあるが、私が一番愛するのは「六白金星」である。
 主人公の楢雄は醜く頭が悪く意固地で蝿を捕るのが上手い。妾の子で兄がいる。妾の母は愚かであるが主人公を愛している。兄の修一は酷薄で自分のことしか考えない。頭はよく女にだらしない。
 楢雄は救いようのない

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司令の休暇 阿部昭

司令の休暇 阿部昭

 一時期、気に入って阿部昭ばかり読んでいた。共通一次の試験問題にでて、あの作家は誰だ、みたいに盛り上がったが、すぐに盛り下がった。話としては、元海軍の父が病に倒れ死ぬまでの話である。ここに兄の話が絡んだりする。親が死ぬ話は、「海辺の光景」をはじめとして私小説界では鉄板である。恋人が病に倒れ死んじゃう話並に多い。と思う。親の人生と自分の過去を俯瞰するにはもってこいの筋立てだからであろうか。
 阿部昭

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別れる理由 小島信夫

別れる理由 小島信夫

「群像」に12年(!)くらい連載されてた小説。
 世に長い小説はたくさんある。ヨーロッパでは「失われた時を求めて」とか「チボー家の人々」とか。ロシアでは「戦争と平和」とか「カラマゾフの兄弟」とか。「カラマゾフの兄弟」は読んで面白かったが、他は読んでない。読める自信がない。読んでるうちに死んでしまいそうな気がする。日本にも「徳川家康」とか「大菩薩峠」とか、やたら長いやつがある。やはり、読み終わる前に

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コインロッカーベイビーズ 村上龍

コインロッカーベイビーズ 村上龍

「限りなく透明に近いブルー」を読んで、福生には近づくまい、と思った。「海の向こうで戦争がはじまる」を読んで、この人はあっち方向の人か。もう読むことはないだろうて思た。で「コインロッカーベイビーズ」、半年くらい読まんでいた。が、なんかずっと評判いい。で、読んだ。たまげた。これはすごい。SF嫌いの私が言うのだから間違いない。帯で埴谷雄高も褒めてたんで間違いない。なんという創造力。なんという描写力。主人

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別れたる妻に送る手紙 近松秋江

別れたる妻に送る手紙 近松秋江

なんという情けない男であろうか。若い男と逃げた妻を追い回すという話である。筋としてはこれだけである。私小説である。
これだから私小説は……。丸谷才一先生の嘆きが聞こえてきそうである。
 しかし、私は最初読んだ時、夢中になった。私小説でも、いいものはいいのである。小説が人間を描くものなら、ここまで書ければ上等と思う。「死の棘」も同様である。
 一人の実在する人間を描くのに、私小説の他にノンフィクショ

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抱擁 日野啓三

抱擁 日野啓三

1982年。時代は新しい幻想作家を求めていた。と思う。その時、日野啓三が「抱擁」を発表した。古い洋館。そこに住む美少女。その迷宮に迷い込む男。なんというベタな題材。私小説で芥川賞をとった作家、日野啓三はここから更に変身して疾走を始める。なんか作風がファンタジー近未来SFっぽくなる。夢の島。オートバイ。剥き出しになる月。目眩。林立するビル群。砂丘。そして廃墟。日野啓三は文学賞を取りまくる。芥川賞の選

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蓮の宇宙 松山俊太郎

蓮の宇宙 松山俊太郎

怪人、碩学、天才。松山俊太郎についての本である。残念ながら、私は読んでない。読んでないのに、なぜ紹介するかと問われれば、いっぺん会ったことがあるからである。うちの大学の夜間で教えているという噂があって、ほんまかいな、と思っていたら、大学の帰りに遭遇した。勿論、話なんかしてない。顔もよくは見なかった。だが着物姿で颯爽と歩く偉丈夫には左手がなかった。少年の頃、趣味の手榴弾分解中、暴発が起こったのである

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ねむり姫 澁澤龍彦

ねむり姫 澁澤龍彦

澁澤龍彦は、人として夫として悪いやつなのであまり好きではないが、私が大学の頃、やたら人気があった。河出書房から、全集かと思わせるくらい文庫が出ていた。読んだが、その衒学趣味がどうにも肌に合わない。で、それから読まなかったのだが、ある日、澁澤が短編小説集を出した、と話題になった。
あの澁澤が、どんな小説書いたんだろ、どうせ一筋縄ではいくまい、と思って読んだら案の定一筋縄でいかなかった。
どんな話かっ

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でーれーガールズ 原田マハ

でーれーガールズ 原田マハ

「楽園のカンヴァス」で有名な原田マハさんの女子高青春小説。いろいろご意見もありましょうが、こういう世界好きなんです。
原田さん、ルソーとかゴッホとか画家題材のお話が得意ですが、この小説では漫画です。漫画を通しての二人の女の子のせつない友情物語です。
映画化もされていて、それが私的にはよくって、原作も読んだ次第。
映画では足立梨花がよかった。ちゃんと役者の道を歩めばよかったのに、と思わせるくらいよか

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秋風秋雨人を愁殺す 武田泰淳

秋風秋雨人を愁殺す 武田泰淳

漢文調の言葉遣いは、なんでこんなにカッコイイのだろう。例えば「二十歳にして心朽ちたり」李賀の詩の一節である。あんまりカッコイイんで、これをそのまま書名にした本もある。読んでないけど。
作者は武田泰淳。中国通の大家である。小説「富士」は私が読んだ小説の生涯のベスト1である。
「風媒花」も読んでよかった記憶がある。もう全部忘れちゃったけど。
本書は、「秋瑾」なる女性革命家の話である。清朝を打破すべく立

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無意味なものと不気味なもの 春日武彦

無意味なものと不気味なもの 春日武彦

春日さんは精神科医である。だが、フロイトとは全く違う立ち位置にいる。例えば患者が夢の話を熱心にしても、その内容については、とりとめのないことと、全く取り合わない。それより、なぜそれほど熱心に夢の話をしたがるのかに関心を寄せる。

さて、本書であるが、春日さんが読んだ忘れ難い小説の紹介がしてある。その前後には春日さんのエッセイが置かれてる。目次にはラヴクラフトから藤枝静男まで、まるで一貫性のない小説

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