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「ルンバの人」は、noteの女王だった

ある日友だちがリツイートしていた、「スズメバチを食べたルンバ」というエッセイが、私と岸田奈美さんとの出会いだった。

ワンルームに入り込んだスズメバチを追い払うことができず、ルンバに吸い込ませるもルンバの中でスズメバチは生きている。さてどうしよう、という話だ。
怖すぎる。

私は彼女のワンルームに荒々しく乗り込んできたスズメバチの恐ろしさに心臓が縮み上がり、ルンバにスズメバチを吸わせようという思いつきに「天才か!」と唸り、唐突な「ここには確かに、ていねいな暮らしがある」という一文に、突っ伏して笑った。

なんかもう、ただただすごい。
起きた出来事はタイトル通り「スズメバチを食べたルンバ」、ただそれだけなのに。

手に汗握る死闘と涙にじむ感動、怒涛の展開、そして慈愛に満ちた結語。
読み終えた時のドキドキ感は、ジェットコースターから降りた時のそれとほぼ同じだった。
久しぶりにこんなに声を出して笑ったなぁと晴れやかな気分になって、友だちと少し感想のやりとりをした。

それから半年ほど時は経ち。

家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』という本が話題になっていることを、ニュースサイトで知った。著者のお名前は「岸田奈美」。
なんか聞き覚えのあるお名前だなぁ。

そうは思いながらも、私はスズメバチとルンバの人と結びつけられずにいた。

とりあえずnoteを開き、彼女を「noteの女王」へとバズり上げた二つの記事「弟が万引きを疑われ、そして母は赤べこになった」と「どん底まで落ちたら、世界規模で輝いた」を読んだ。
どちらもダウン症の弟さんが主役のエッセイだ。

そのエッセイに登場する人たちーー著者の岸田さんはもちろん、お母さんも弟さんも地域の人までも、みんな優しい。
「これ現代日本じゃなくて、どっかのパラレルワールドの話なんじゃ…」と思いたくなるくらいに。

なんてかわいい人たちなんだ…といっぺんに魅了され、その勢いで過去の文章を遡っていったら、あの「スズメバチを食べたルンバ」にたどり着いた。

「ルンバの人」と「noteの女王」は、同一人物だった。
マジか。

安心して、本を借りた。

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「noteの女王」は、中学生の頃にお父さんが急逝し、高校生の頃にお母さんが倒れ、下半身麻痺になってしまったという。
どう考えても一人の人間に降りかかっていい辛さではない。
小説ですらそんな設定の人にお目にかかったことはない。
けれど、岸田さんはお父さんゆずりの「アホな言葉とバカな行動」で「いつも穏やかで、優しい」弟さんとお母さんを笑わせ、日々を明るく楽しく過ごしている。
そのエピソードとは別の章にあった「悲観は気分、楽観は意思」という言葉を地でいく人だなぁと思った。
実際にはこの言葉は「外国のなんか立派な人」がいっていたものらしい。誰なんだ。


さて、文章のおもしろさと家族への愛もさることながら、私が一番「どひゃー」と思ったのは、彼女のハッタリ力とそれを実現してしまう行動力だ。

死にたいというお母さんに「ママが、が生きててよかったと思えるように、なんとかするから」と言い、「2億パーセント、大丈夫!」と保証してしまう大船感。

講義で出会った、一緒に会社を立ち上げることになる垣内さんに「なにができそう?」と聞かれて「ちょっとだけ、デザインができます!」と答えられる思い切りのよさ。
当時はMacBook Airのペイントソフトをいじれるだけだったのだそう。
けれどハッタリでゴリ押ししたあと、彼女は本を読み漁ってデザインもできるようになる。
めちゃくちゃ有言実行の人である。


そんな風に彼女の生き方に圧倒される一方で。
彼女の家族の話に、「そうそう、私も…」と自分の家族のことを重ねる瞬間があった。
「どん底まで落ちたら〜」で弟さんが両替をやってのけたエピソードを読んだときのことだ。
弟さんと出かけ、バス待ちの列に並んでいた岸田さんは、そのバスが現金払いで、しかも両替ができないと知り愕然とする。
パニックになった彼女は弟さんに1000円札を持たせ、お金をくずしてくるように頼む。
なに食わぬ顔で列を離れた弟さんだが、「札をくずす」という言葉は彼に通じるのだろうか、彼は両替すらしたことはないのではないか、と岸田さんは気づき、心配になる。
ところが彼はちゃんとお札を小銭に替えて戻ってきたのだ。

右手にコーラを携えて。

…かっこいい。
姉の窮地を救うため、それまでの経験と見よう見まねでやってのけてしまう良太くん。
宇宙人とも共存できそうな順応性もすごいけれど、お姉さんへの優しさも眩しい。


うっすら涙ぐんでいたら不意に、昔の記憶が蘇った。
それは私が重度の知的障害のある弟を、放課後デイに迎えに行った帰り道のことだ。
当時弟は、私の腕にしがみつくようにして歩いていた。それはその頃の彼の、道路を歩く時の習慣だった。

すると後ろから歩いてきた男性がわざとらしく私の肩にぶち当たり、「お前らがイチャついているせいで、道が狭いんだよ」と忌々しそうに言った。
「言うほど狭い道でもないじゃん!」と内心ムッとしながらも「すみません」と言うと、男はさらに言葉を続けようとした。
すると何を思ったか、急に弟が私の肩をがっと抱き寄せ「うははは〜」と野太く笑った。

ちょっとちょっとちょっと〜〜!!
めっちゃ煽ってんじゃん!!!
なに火に油を注いでんのよー!!

男が怒り狂うのではないかと肝が冷えたが、彼はいまや大爆笑で左右に揺れている弟の様子から、彼が常人ではないことに気がついたらしい。
「邪魔なんだよ」と呟き、舌打ちして去っていった。

なにやってんのよ、危なかったじゃない!
と私は弟を叱りつけ、帰宅した母にも「さっき、りょうまったらね!」と一部始終をチクった。
それまで私の中ではその一件は、「弟がKYな行動でおっさんを煽り上げた事件」として記憶されていた。

けれど岸田さんの弟さんのエピソードを読んで、もしかしたら弟は私を助けようとしてくれたのかもしれないと思うようになった。
敵に向かってイチャついて見せるという攻撃方法は、最強なのか最低なのかよくわからないけれど。

察する力も、なんとかしてくれようとする優しさも、頼もしさも。
彼らはたしかに持っている。
それを行動で示してくれる。
ことの真相はわからないけれど、今度実家に帰るときはおいしいお菓子を買って帰ろうと思う。


そしてつい先日、ルンバの記事をリツイートしていた友人とリモート飲みした。
ルンバの人、いまや時代の寵児だよ」と言うと、「ルンバの人…いつのまにかそんな有名人になっていたんだね…」と驚いていた。
そう、私たちにとっては結局岸田奈美さんはいまだに「ルンバの人」なのだ。
ニュースでの華々しい活躍ぶりに目を見張る一方で、「でもこの人、ルンバに蜂を…」と忍び笑いが堪えられない。
私たちの岸田ワールドへの入り口が他ならぬ「ルンバ」だったせいで。

本当は、そろそろ「赤べこの人」に切り替えたい。なんかおめでたい感じするし。
というわけで、「岸田さんは赤べこ…岸田さんは赤べこ…」と唱えながら年賀状用の赤べこを大量生産した。

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今年は丑年

よっしゃ。

顔は完全にムーミンだけど、赤いから赤べこに見えるだろう。

来年は赤べこの時代。
「ルンバの人」もとい「赤べこの人」のご活躍を、心よりお祈りしております。


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