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クズほど愛おしいものはない!【登場人物がろくでもない小説おすすめ4選】

久しぶりに観た映画『欲望という名の電車』(1951)のとあるシーンがずっと焼きついている。

仲間たちとのポーカーを邪魔されたスタンリーはかっとなって妊娠中の妻を蹴りつけてしまう。押さえようとする仲間ともみくちゃになり、ぴちぴちの白Tはぼろぼろ。最後は頭から水を掛けられ落ち着くのだが、時すでに遅し。妻が出ていったとわかると途端に情けない顔で外へ飛び出し、「ステラーーーーーー!!!」と叫ぶのである。

とんでもないクズ男だが、アパートの2階に避難していたステラもステラで情にほだされふわふわと彼のもとへ。


「ばかだなあ」

何回観ても呟いてしまう。こんな恋愛したことないし、現実に降りかかったら即行で訴える。赤ちゃんに何かあったらどうすんだよとも思う。だけど誰だってよくないとわかっていてやめられないこととか、好きなのに傷つけてしまうこととかあるじゃない。まあまあ序盤のエピソードだし、ふたりは主人公でもない。それなのに見終わって一番に思い出してしまうのはこのシーンなのだ。


というわけで今回は、「ばかだなあ」と呆れながらも、ちょっと愛おしく思えるような、それでいて自分の中の弱さとそっと向き合えるような小説を4作選んでみた。冬にはさみしすぎるし、夏には短い、春はちょっと憂鬱だから、秋の夜長にぜひどうぞ。


①柚木麻子『伊藤くんAtoE』(幻冬舎文庫)

ステキな作品の登場人物を「クズ」と形容するのは抵抗があるのだが、伊藤くんに限っては胸を張って言える。「完全無欠のクズ」だ!イケメンで実家は金持ち。塾のアルバイトをしながらシナリオライターを目指している。が、「ああいうのは好きじゃない」とか「こんなのやったって仕方ない」とか一向に書き出す気配がない。おまけに自分の非を1ミリも疑わず、思い通りにいかなくなったら逆ギレ。そんな彼に振り回されるケースAからEの女の子の話だ。


伊藤くんの言動のことごとくがウザい。笑っちゃうくらいウザい。でも、知れば知るほど胸がざわつく。私だって書くのを仕事にしたいと言いながら、選ばれるのを待っているだけじゃないのか?日常をさらっと書いてnoteのおすすめにピックアップされないかなとか、ひょんなところで有名人に見つけてもらえないかなとか。どこかで自分は特別だって信じて甘い期待に縋っている。気づけばすっかり心を乱されていて。あ、そうか、私も伊藤くんF。


②太宰治『人間失格』(角川文庫)

この名作を外すわけにはいかないでしょう。大庭葉蔵の実家は政治家、裕福な環境で育てられたが、東京の画塾で遊びを覚えるとその美形でなにかと女性を引き寄せ、酒とモルヒネに溺れていく。この男の成れの果てを”人間失格”と呼ぶのかもしれない。けど、幼少期から堕落に至るまでの心情を綴った手記の中にきっとはっとするような一文が待っている。


本当はできるのに馬鹿なふりをしたり、欲しくないものを欲しがったり。葉蔵は家でも学校でもお道化て機嫌を取ってしまう。その性質が不幸を呼び寄せる一因だと気づきながら、やめることはできない。だって相手が本当のところなにを考えているのかわからないから。

人間がわからないから”人間失格”だというのなら、私は彼を笑えない。普通の人間がこの本に抱くべき感情すらわからずに読んでいるのかもしれない。だけど、だからこそ、そばに置いておきたい本でもある。


③町田康『告白』(中公文庫)

困ったなあ。この小説だけはうまく語れそうにないんだよ。無頼者の熊太郎が「河内十人斬り」の大事件を起こすまでの話、と紹介すると殺人鬼の気持ちなんてわかんないよって思われてしまうかもしれない。だけど、ヘンテコなキャラクターが出てきたり、語り手が突っ込んだりして血生臭いばかりじゃないんだよ。


最初は罪を犯してしまった、という小さな綻び。証拠はない。現実かどうかもわからない。もしかしたら犯していないかもしれない。でもやっぱり犯していたとしたら明るい未来はない。熊太郎は思考する。ところで神は存在するだろうか。いや、いないかもしれない。でもやっぱりいたとしたら極楽浄土にはいけないだろう。それならせめて生きているうちに……思考はどんどん負を巻き込みでっかくなって坂道を転がり落ちていく。最後はただただ圧倒されて涙が出た。800ページ以上の超大作、どうか身構えないでほしい。挑む価値はあります!


④中島らも『今夜、すべてのバーで』(講談社文庫)

主人公は重度のアルコール依存症。あと一滴飲んだら命の保証がないと宣告され入院することに。話のほとんどはこんな検査を受けたらこんな数値が出たとか、患者の誰誰さんがこんな話をしていたとか、他愛ない病院での出来事だ。だがその奥にはどことなくさみしさが漂っている。親友は20代で車にひかれて死んでしまった。小説を書く才能がないことに気付いてしまった。こうして肝臓を傷めつけている今も生きたかった誰かが生きられなかった。現実は正気で向き合うにはあまりにも厳しすぎる。


私もまたお酒に心も足もすくわれてきた。人生をめちゃくちゃに否定されたとき、明日が来なけりゃいいのにと思うとき、もう自分であることに耐えられないとき、救いを求めるようにアルコールを流し込む。誰だって何かに縋らないと生きていけない夜もあるじゃない。それは自分がクズなんじゃなくて、弱いだけなんだと信じたい。お酒も弱さも、ちゃんと付き合えたらまた立ち直れるから。さみしさを知っているこの作品はやさしい。心の脆い部分もそっとすくい上げて抱きしめてくれる。


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