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ショートショート。のようなもの#25『森の遊園地』

 ふと庭を見ると、庭の真ん中にえんぴつほどの大きさをした小さな小さな緑色の柱が立っていた。
 昨日の夜にはまだ生えてなかったから、ぼくがおばあちゃんと一緒にお布団で寝てるうちに生えてきたんだと思った。

「やった!観覧車だ!」
 
 ぼくは思わず声に出してしまった。
 それくらいうれしかったんだ。

 ぼくは、毎年夏休みの間の30日間だけおばあちゃんの家で過ごすけれど、その間にゴンドラも実って立派な観覧車に育ってくれたらいいなぁ…そんなことを考えていた──。


 この村は、昔から村の北のほうの外れに小さな遊園地がある。
 遊園地と言ってもみんなが想像するような鉄筋やプラスチックなんかで出来たネオンが輝く乗り物はひとつもない。 
 全部が植物で出来てるから。
 それも人工的に木材で作られたのではなく、自然界でごく当たり前に雑草や森の木々と同じように生えている。
 草木のように地面に根をはって大地から大空へ向かって伸びている観覧車。
 いくつもの蔓でうまくレールを作っているジェットコースター。
 雨水をうまく利用した急流すべりもある。
 メリーゴーランドは恐らく大きなキノコから育ったものだ。
 だから、この村の子どもたちは、いつも学校から帰るとランドセルを玄関に投げ捨てて、森の遊園地へダッシュするんだ。うらやましいなぁ。

 この森の遊園地のアトラクションたちは、毎年秋から冬にかけて沢山の種子をおばあちゃんたちのお家が集まる集落のほうへ北風に乗せて飛ばしてくる。
 それが、やがて春から夏にかけて芽を出して茎や幹を生やして立派なアトラクションとなるのだ。

 だから、この村は道路や空き地、池のほとりや家の屋根など至るところに沢山のアトラクションが咲き乱れている。
 まだゴンドラが実っていない木のような観覧車や、馬や馬車が生えていないキノコのようなメリーゴーランド…ジェットコースターになろうとして空に向かって真っ直ぐに伸びている緑の茎が二列で大きな楕円を描くように並んでいる。

 そして、今、ぼくの目の前に生えてきた観覧車の幹は、去年の冬にここに降ってきたらしい。
 雪の降る夜に、森の遊園地から北風に運ばれてふわふわとゴンドラが降ってきたそうだ。
 すぐに、声を弾ませたおばあちゃんから電話がかかってきたのをぼくは覚えている。
 ぼくが大喜びした声を聞いておばあちゃんもさらによろこんだ。

 そんなことを考えていると、後ろからおばあちゃんの声がした。
「もう、この村の風景は今年が見納めかな。この村はね、秋から都市開発が始まるから変わっちゃうんだよ。みんなが働ける村になるように沢山の会社の〝ビル〟が建つんだとさ。だから今、村中に生い茂っているアトラクションたちは全て掘り起こされて都会のほうへ持ってかれちゃうんだよ。いやいや、これは仕方のないことなんだよ。…この今生えてきた観覧車もゴンドラが実る前に引っこ抜かれちゃうかもね。」
 おばあちゃんは少しだけ寂しそうに言った。

 ぼくは、おばあちゃんを問い詰めるように訴えた。
「どうして森の遊園地が潰されちゃうのさ!?」
「植物のアトラクションもみんな大好きなのにさぁ!」
「この村は楽しくてキレイな緑がいっぱいだからいいんじゃないの!?」
「コンクリートだらけのビルの街になっちゃうのなんか嫌だよ!」
 おばあちゃんが都市開発のやつらじゃないとわかってはいたけど、とにかく思いの丈をぶつけたかった…。

 すると、しばらく黙っていたおばあちゃんがポツリと呟いた。
「安心しな。遊園地はなくなっちゃうけど、みんなが働ける街になるんだから。あとね、この村から絶対に〝緑〟はなくなったりしないから大丈夫だよ」

 そう言うと、おばあちゃんは庭の隅のほうを指さした。
 そこには、今、生えてきたばかりの小さな小さな〝ビル〟の正面玄関らしきものが地面から顔を出していた。
 もちろん、それは鮮やかな緑色をしていた。


 そして、ふと空を見上げると真っ赤な夕陽に照らされてキラキラと輝きを放つ、緑のガラス片が沢山降りそそいでいた。

           


                 ~Fin~


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