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お仕事小説部門|「あなたの話し相手になります。100円/分」第一話

【あらすじ】

 主人公の廣瀬は、子どもが幼稚園に行っている日中の数時間だけオンライン上で「話し相手」のサービスを提供している。以前はフルタイムの事務職として働いていたが、出産後に育児と仕事のバランスを取ることができず退職した。それ以降、あてのない後ろ暗さを抱えている。
 オンライン上での雑談サービスには、学校に行く意味を見出せないでいる不登校児、ガールズバー通いがやめられないアルコール中毒者、万年筆が恋人の対物性愛者など多様な人々から予約が入る。資格も知識もないことに怯えながら人の話を聴く主人公だったが、人々と真摯に向き合うことで、次第に自分の課題に触れ――対話を考えるヒューマンドラマ。


【第一話】

 電動自転車で娘を幼稚園に送り届け、急いで家に戻ると、わたしはパソコンの電源を入れた。デスクトップに貼り付けたアイコンからクラウドソーシングサイトにログインする。

――あなたの話し相手になります。100円/分

 世の中には、わたしの理解を簡単に越えてくる人たちがいる。こんなどこにでもいる主婦と話すためにお金を出す人がいるのだ。1分で100円の価格設定は、このクラウドソーシングサイトの最低ラインだ。それでもわたしは高いと感じたが、試しに30分以内で3000円のコースと1時間以内で6000円のコースを出品してみた。それが思いのほか調子がいい。不思議な世界だ。そうして、ここがわたしの職場になった。

 クラウドソーシングサイトとは、仕事を探している人と仕事をお願いしたい人のいわばマッチングサイトだ。絵が得意なら絵を描き、勉強が得意なら勉強を教える。売り出されるサービスは多岐に渡る。

――【カラー診断】あなたに似合う色を必ず見つけます!

――【アイコン作成】いい感じに分からない似顔絵を描きます!

 文頭の隅付き括弧はもはや定番だ。サイト上には、キャッチーで個性的な見出しがずらりと並ぶ。サービスを売り出す側は、サービス名に検索されやすいキーワードを盛り込んだり、他者と差別化を図りながらかゆいところに手が届くサービスを展開したりする。日夜、工夫を惜しまない。この世界で検索されないということは、「存在しない」と同義だからだ。

 サービスは利用者から5段階で評価され、ジャンル別ランキング、そして総合ランキングが毎日更新される。最近のトレンドは、もっぱら「雑談・愚痴聞き」だ。公認心理士を始めとした有資格者が提供する「カウンセリング」というジャンルもあるが、そこに大差をつけているのが「雑談・愚痴聞き」のジャンルだった。
 昼の時間帯はわたしのような主婦も多いが、「現役美容部員」「元CA」など肩書が強い人が目立つ。どことなく売り方に”女”が香る。しかし、それを遥かに凌駕するのが、「六本木No.1ホスト」「銀座のママ」といった都会で水商売の経験を持つ人々だった。話を聞くことに関しては確かにプロだろう。自信に満ち溢れた説明文は、パソコンの画面を易々と飛び出してわたしの肩を叩く。プロフィールのアイコンも派手だ。顔はぎりぎり写していないのに、髪型や見切れた服装がただ者でないことを予感させる。ボタンひとつで繋がることができるなんて、誰が思うだろうか。
 初めてランキングを目にしたときは妙に納得した。しかし、昼間まで働いて、一体いつ寝ているのだろう。心配にも似た疑問が湧く。やはり多少は偽物も混じっているのかもしれないが、それを証明するすべはない。
 資格がないことは、ここでは強烈なメリットを持っていた。

 じゃあ、わたしでもやれるかな。
 始めたきっかけは、そんな雨粒の弾みのようなものだった。葉の上を滑り落ち、どこに行くかも分からなかった。

 入念な下調べの末にわたしはアカウントを作り、雑談サービスを売り始めた。数か月は鳴かず飛ばずだったものの、徐々にリピーターを獲得し、幼稚園に預けている間に営むには十分な件数に近づいた。


 わたしが四苦八苦している数か月、実はずっと同じアカウントが総合ランキングの首位を取り続けていた。

――【雑談】二丁目ゲイバーのママがあんたの話を聞いてやるわ?

 それは、「ミナト@二丁目」というアカウントだった。サービス名の文末に付けられた「?」は、ステレオタイプにも思えるが、いまだに多くの人のイメージから外れないいい塩梅のラインを攻める。自身のオリジナリティーを惜しげもなく使う訴求力に優れたサービス名は、興味がない人の目にすら一度は引っかかる。

 彼は本物のゲイの男性だった。
 「本物の」と付けたのは、彼がキャッチ―な宣伝文句欲しさの「偽物」でない、実際に存在する人間であることを知ったからだ。
 そうは言っても、生で彼にお目にかかったわけではない。彼のマイページに貼られたSNSを見たのだ。リンクをクリックして表示されたページでは、辛口で物を申すショート動画がずらりと並んでいた。バーと思わしき薄暗い部屋で、ダークブラウンの木の吊り棚をバッグに、今時ちょっぴり珍しくなった紙巻きの煙草をふかしながら動画を撮る。気取った編集もない撮りっぱなしの動画は、どれも再生回数が多い。無縁と思われたわたしですら、その動画に見入ってしまった。
 機敏に何度も返される手首と、そして動きがしなやかで美しい指先は自然と目で追ってしまう。彼を見ていると、指の先まで本当に神経が張り巡らされているのだと実感する。見た目も動きも緩慢な自分とは大違いだ。

 そして、彼は占いも嗜む人だった。
 サイト上でも、「占い」のジャンルは連日大盛況だ。誕生日や生まれた時間などの数字、カードの絵柄、そして手のしわに、自分の運命を委ねる人の多さに驚く。
 あらかじめ提示される手ごろな価格は、利用のハードルを低くしていた。そして他のジャンルとは異なり、トラブル報告のコメントが異常に少ない。口コミのほとんどは次回のリピートを匂わせ、みな機嫌よく終えている様子だ。
 ひっそりニーズ調査をしてきたわたしには、彼が優秀なビジネスマンにしか見えなかった。「ゲイバーのママ×占い」という強烈で唯一無二のアピールポイントを作り出した彼は、実際、長期に渡ってどのランキングからも外れることはない。

 こう見ると、案外「資格」なんてものは求められていないのかもしれない。

(第二話へ続く)

【第二話以降のすべての記事URL】

第二話:https://note.com/tsukikoshiruri/n/nb6390cc76e3d
第三話:https://note.com/tsukikoshiruri/n/n3fd11dbc3188
第四話:https://note.com/tsukikoshiruri/n/n4005c5a0e9e8
第五話:https://note.com/tsukikoshiruri/n/n5da1514d674c
第六話:https://note.com/tsukikoshiruri/n/na3537e3b41b0
第七話:https://note.com/tsukikoshiruri/n/n56cd46440c02
第八話:https://note.com/tsukikoshiruri/n/n3ef763eb955e
第九話(最終話):https://note.com/tsukikoshiruri/n/ne709d1c01988

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