お仕事小説部門|「あなたの話し相手になります。100円/分」第九話(最終話)
――予約が入りました。
スマホを確認すると、バンビちゃんからの予約だった。
バンビちゃんは被服系の専門学校生だった。あれから何度か予約を入れてくれる。わたしの対物性愛への理解は一歩進んだような、一歩も進んでいないような、何とも形容しがたい進捗だ。
それでも彼女は、わたしに”彼との恋バナ”を聞かせにやってくる。
「ごめんね、いつも」
彼女との雑談の最中、わたしは度々謝ってしまう。
「また謝った! ヒロセさんって不思議ちゃん」
反り返った形のいいまつ毛が、何度も揺れる。色落ちして少し薄緑に近づいた髪に、彼女は今日も発色のいいブルーのカラコンを入れていた。
「分かってあげられてないなって。本とかインタビュー記事とか読んで何とか知ろうとはしているんだけど、やっぱり物に恋する気持ちが分からなくて」
彼女から繰り出される会話は、恋の話だけではない。学校で作った服がイカしているとか、バイト先の飲み屋でおじさんに絡まれたとか、年相応の話も多かった。しかし恋愛の話となると、途端にわたしは迷子になる。
「大丈夫ですよ、そんなこと!」
さっぱりとした物言いで、彼女はわたしを慰める。
「理解されたいわけでもないし」
これは彼女の口癖だった。
彼女は、肉親とも、友達とも、分かり合うのは無理だと言った。この明るく淡泊なキャラクターの深層は思いのほか暗い。
この手の話はどこから手を付けるか難しい。物寂しさが身体の中心を白風のように通り過ぎる。
「それに物との恋愛も、いつか認められるから」
締まりのない口調からは想像できない言葉だった。
「そう思う?」
「はい。だって、ずっと同じままではいられないもの」
彼女は芯の強い女の子だった。変わっていく将来を信じている。それはわたしができなかったことだった。
*
わたしはサービスの在り方を考えていた。
最近、お客さんに金言を授けてもらうことが増えた。その度に、自分の重心がぐらぐらと心もとないことを自覚する。
少しサービスの出品をお休みしてもいいかもしれない。そんなことを思った晩のことだった。
――お問い合わせフォーム:新着1件
時間は夜の19時。珍しい。お問い合わせは今まで一度もなかった。
思い返せば、連絡を取ることはあっても、予約後にオープンするメッセージチャットで事足りていた。わざわざサイトについている問い合わせフォームを利用する客などいない。
誰だろう。
身構えながらメッセージを開くと、わたしははっと息をのんだ。
――夜はやってないんですね。時間帯的にもうお話はできないけど、ありがとうございました。
思いがけない連絡に、わたしはもう少しだけ仕事を続けて行こうと思い直す。メッセージには、可愛らしいイラストが載った学級新聞の写真が添えられていた。
(了)
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