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今夜踊ろう、そんなダンスミュージック

木造のぎしぎし軋む階段を上がると、音楽が聞こえてくる。リズムは本たちのパラパラめくれる音に、瀬戸内海のさざなみ。そして、微かに鼓動を揺らすときめき。まるでわたしとあなたの、"明るい未来"の話をしているかのような、そんな音楽が。



本屋さんに勤めはじめて、もうすぐひと月。オーナーさんに「好きな音楽かけていいから」と言われて託されたサブスク。腕まくりしてかける音楽、店内を踊らせるダンスミュージック。毎日がDJ気分のわたし、店を開けた瞬間から大きな音で音楽をかけまくっている。

はじまりは大体、andymori。「すごい速さ」が今更流行っているから、若干世間に毒づきながらも、夏になると聴きたくなる大定番だからしょうがない。"すごい速さで夏は過ぎたが"ラララ〜と歌いながら、まずは植物たちに水をやる。たくさんの緑に溢れる店内、ひと通り水をやるのは案外ひと苦労だ。水がきらきら反射して、美しくちいさな虹を描く。この間は植物たちのことを「草に水やって〜」と言ってしまい、恋人に怒られた。草とは世間では言わないらしい。わたしなりに愛情、あるんだけどなあ。

そして軽いお掃除。はたきをかけたり、本を並べたり。そうしているうちにお客さんたちがやってくる。腕を鳴らして音楽をかけるわたし。本業がなにかわかんないよ、と思いつつも密かな楽しみだ。

大体わたしのプレイリストは、カネコアヤノと踊ってばかりの国、ネバヤンと工藤祐次郎でできている。そこにヒップホップを混ぜたり、夏の曲を混ぜたり。

こないだ、若い二人組の女の子が来店してくれた。きのこ帝国の「クロノスタシス」からはじまり、yonawoにTENDRE、SIRUPとチルな音楽。すこし鼻歌を刻む二人を見ながら、静かに瀬戸内の風が吹く店内。たくさん本を吟味してくれた女の子たちは、レジでわたしに声をかける。

「あ、あの」すこし緊張した顔で、「この音楽、お姉さんが、選んでるんですか…?」と聞いてくれる。「そうです!」と満面の笑みで答えると「わたしのプレイリストととほぼ同じです!」と笑ってくれる。

こういう日のためにわたしは音楽をセレクトしてたんだよ〜!と思わず言ってしまう。「お姉さんのおすすめのバンドは?」なんて話題を話しながら、女の子にいくつかバンドを教えてもらう。早速プレイリストに追加しながら、またねと手を振り合う。

すこし年上のお姉さんたちが来店した時は、必ず一曲、ユーミンをかけることにしている。わたしのお気に入りは「翳りゆく部屋」と「少しだけ片想い」。お姉さんたちは口ずさんでくれたり、鼻歌を歌ってくれたりするから、やっぱりユーミンは偉大だ、と思う。

B-BOY風の男の子たちもよく来店してくれる。お洒落な彼らに似合う曲はまだまだ探索できてないけれど、BASIや唾奇、フレシノ辺りをかけるとたまに反応してくれる子もいたりして。口ずさむ子はいないけれど、リズムを取ってくれる手の動きに、ひとり喜んでいる。

一階部分は結婚式場になっている。土日になると流れ込んでくる讃美歌が美しくて、まるで幸せをぎゅっと抱きしめたかのよう。わたしもお祝い気分で、ネバーヤングビーチの「明るい未来」をかける。居合わせたお客さんが「わたしこれ結婚式でかけたんだ〜」なんて盛り上がってくれるから、勝手に思い出に参加できたようで嬉しくなる。そんな毎日だ。

ある日、夏の日差しがまぶしくて暑い、午後3時頃。西陽が差しはじめた時間帯に、たまたま流れてきた久石譲の「summer」。プレイリストにそういえばいれたっけ、と思いながら海を眺める。ふらりと入ってきたお客さんは海外の方で、彼女と目が合う瞬間。風が吹いて緑が揺れる。ピアノの美しい音が流れて、彼女が微笑む。永遠に時が止まったかのような美しい、時間。

彼女は大層喜んでくれて、それからジブリをいくつかかけた。美しい店ね、と英語で言ってくれる。サンキューくらいしか返せなかったけれど、それでもきっと、彼女の思い出の中にあの瞬間は永遠に。



帰宅時間、夕陽が海に沈んでゆく。フジファブリックの「茜色の夕日」をかけながら店じまいをする。植物たちをしまって、窓を閉める。だんだん街が色づいていく様を見ながら、今日も楽しい一日だった、と心の底から思う。

あなたが訪れてくれたなら、わたしはどんな曲をかけよう。あなたの素敵な一曲になれたらいい、あなたの素敵な思い出になれたらいい。

わたしはあなたに捧げよう、聴きながらおやすみ、また明日。カネコアヤノで「愛のままを」。


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