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"愛する"というスキル

「ひとにはね、見えないスキルがあるんだよ」

まるでそれは魔法のことば、妖精がささやくように彼女は言う。

「履歴書に書けるようなスキルがないとしても、あなたは魅力的でひとを惹きつける。あなたの愛は、見えないスキルだよ」

なんだかその言葉をポッケに入れれば、どこまでも歩いていける気がする。そんな宝物を今日もひとつ、もらった。



わたしにはほとんど職歴がない。正確に言えば、正社員の経験はゼロ。あとは短期バイトがいくつかで、3ヶ月以上続いたことがない。いわゆるフリーターを、この歳になっても続けている。

就活、という経験をわたしも一通りした。スーツも着たし、カラコンも外したし、髪の毛も黒く染めた。電車に乗って、面接を受けて、何度も落ちた。繰り返すその日々に、わたしの心は削られてゆき、まるで消しカスのように黒く汚れていった。内定が出ることなく、ただ摩耗する日々。何の意味があるんだろうと何度も問うては、何度も自分を傷つけた。

そしてある日、わたしはスーツを着るのをやめた。次の日には、髪の毛を金髪にした。

「就活すんのやめたの?いいご身分で」

必死で泣きながら面接を繰り返す友達にはそんなことを言われた。けれど、何を言われても、自分の将来がいくら不安でも、わたしがスーツを着ることはなかった。それは、わたしがこの世界で生きていくと決めた証拠だったから。わたしがこの世界で生きていくために、唯一できた抵抗だったから。

夢を目指すとか、将来なんてなんとかなるとか、大層な言い訳なんてひとつもなかった。ただ、生きたいとどうしようもなく思ってしまったから、死ぬために就活をすることをやめただけ。ただそれだけだった。



卒業後、何度も夢に見た。朝起きて、歯を磨いて支度をして、電車に乗って会社に通う自分を。嫌だなあとか、辞めたいなあと言いながら働いて、夜になれば家に帰って疲れた体でご飯を作って。食べて寝て、また次の日。そんな自分を、そんな日々を何度も夢に見た。

きっと、仕事を辞めたいひとからすれば、ほんとうにいいご身分だったろう。遮光カーテンの内側で自分を傷つけるだけでいいのだから。それでもわたしは、"普通"に、"当たり前"に、太陽を目指したイカロスのようにただひたすら憧れた。

なんで障がい者なんだよ、なんで精神疾患なんだよ、なんで普通ができないんだよ、みんなができることが、なんで、なんで…!

まるで少年漫画の主人公のように、唇を噛んでは泣き叫んだ。それでもヒーローは来ない。わたしに特別な才能が芽生えることもない。ただ日々と闘うことしかできない。光の見えないトンネルを這いつくばって進むだけ。



そんな日々をどうにかこうにか抜け出して、わたしは少しずつ働きはじめた。最初はブルブル震える手足で、大福を一日だけ売った。その次は、知らないアイドルのDVDを売った。その次はホテルの清掃。毎日同じところに行くことも、毎日同じひとに会うこともできなかったけれど、それでも踏み出した一歩を、なんとか踏みしめていた。

エッセイを書き続け、金にならない仕事を続けた。それだけが生きる意味で、たまにもらえる給料を大事に大事に、握りしめた。カッコつけることもできない、カッコ悪いままで何度も戦場へ出た。

みんな、戦っている。

そう気づいたとき、すこしだけ大人になれた気がした。そして、あの家で、遮光カーテンの内側で生きていたわたしも。間違い無く闘っていたのだ、生きようともがいていたのだ。そう思えたとき、すこしだけわたしは生きてていいような、そんな気がして。

みんな、生きている。



結婚も離婚もして、職歴もなくたどり着いた今の職場。雇ってくれたオーナーは、ほんとうに優しいひとだと思う。毎日闘って、毎日出勤して。あの日憧れた日々を叶えているけれど、それでもわたしは今もバイトだ。

オーナーに「スキルがないと、他の場所で働くのは厳しいなあ」と言われた今日。

スキル、スキル。わたしに一番欠けているものを指摘されて、血を吐きそうになった。スキルが必要とされる仕事をしてこなかった自分に原因がある。それでもこんな生き方しかできなかった自分を、どうにかこうにか認めてやりたい。

この先を、未来のことを考えるたびに足は震える。捨てられない家族の介護、働けなくなる両親。不安定な社会で、精神疾患を抱える自分。

呪っても呪い足りないほど、この病気も自分のことも。

そんなことを考えながら今日も本屋で働いた。たくさんのお客さんが訪れてくれて、たくさんの笑顔を見られた。わたしに興味を持ってくれるひともいて、SNSを交換してくれた海外の方もいた。

それでもやっぱり、ただ落ち込んだ。職歴もない、スキルもない。お金もないし、あるのは精神疾患だけ。

笑ってしまうほどに、手のひらの中にはなにもなかった。



仕事終わり、友人に電話をした。彼女はいつもわたしの愚痴を嫌がることもなく聞いてくれる。さらけ出す自分の本音、悲しみに溢れるわたしの言葉。彼女はひと通り聞いた後に言ってくれたのだった。

「履歴書に書けるスキルはない。でも、あなたには見えないスキルがある、それはみんな、誰にでもあるんだよ。そしてあなたのスキルは、愛だよ。人を惹きつける魅力だよ」

彼女の言葉はまるで、乾いた砂に染み込む水のようにわたしに注がれる。ひかる言葉が、愛がわたしの心を満たしてゆく。

わたしにはスキルなんてないと思っていた。履歴書に書けるものはひとつもなくて、アピールできる資格もない。

けれど、わたしには愛する才能がある。ひとを愛するというスキルが、愛する資格が、愛される資格が。



あなたにもスキルがある。それは履歴書には書けないかもしれない。でも、目に見えないスキルが、あなたにしかない魅力が、才能があるんだよ。

今は見つけられなくても大丈夫。わたしが、そしてあなたを愛するひとが、きっと見つけてくれるから。

あなたはいつだって闘っている。孤独な部屋の中でひとりだったとしても、毎日会社で泣いていたとしても。

あなたが生きていることが、闘う証。あなたをわたしが愛していることが、あなたに愛される資格がある証。

だから生きていてね。明日を夢見ようね。

職歴もスキルもなくても、ぜったい大丈夫だよ。

わたしたちには、愛があるから。

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