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いつか思い出になる前に

「わたし、神様に抗議する!」そう泣きながら言うその顔が、愛おしくて切なくて、それでいてどうしようもなく可笑しい。二人で泣き笑いの夜、おばあちゃんとハグした今晩の月は今まででいちばん美しかった。

わたしが不妊症だと告げられたのは、数ヶ月前のこと。時間が経つにつれて、自分なりに咀嚼して、理解して、納得した。友人たちは愛と励ましを送ってくれたし、わたしはもう平気!と力強く思っていた。離婚届けが受理されて、東京での解約手続きを終わらせて、ようやく帰ってきた一週間前。正直に言うと、苦しかった。とてもとても、辛かった。離婚のことも、不妊のことも、なにもかも。今まで何度も死にたいとのたうち回ってきた夜を、また繰り返したくなるほどに苦しかった。

小学生の頃思い描いた人生とは、まったく違っていて。そこにはいわゆる"普通の家庭"のようなものが紙いっぱいに鮮やかな色で描かれていて。そんな人生を送るつもりで、そんなことは不可能だと知った28歳。うつ病で苦しみはじめてもう10年、いじめも毒親もそれなりに乗り越えて、自傷行為もようやく穏やかになってきて。そんな日々の中でようやく幸せを掴んだと思い込んだわたし、呆気なく終わりを迎えたことにいまだに頭が追いつかない。

「もうバツイチよ〜!」と笑う毎日、その言葉の響きに慣れることはなくて。混乱と苦しみ、悲しみの中でようやく絞り出す笑顔と言葉は上滑りしてしまう。きっと、わたしよりわたしの家族の方が辛かった。そう思うたびに胸が引き裂かれそうな気持ちになる。あんなに憎んだ我が家を、こんなに幸せにしたいと思うなんて。心配をかけたくないと思い続けてきたのにうまくいかない人生、なんなんだよ、と時々叫び出したくなる。

日曜日、今日は穏やかな気候で桜が満開。あたたかな春の日差しがわたしの心も溶かすから、つい言葉が出た。「あのなあ、不妊症なんよ」おばあちゃんは不意をつかれて、不安げな顔をする。その顔に驚いてしまって、慌てて言葉を繋げる。「いや、まあ現代やったら普通やし、全然悲観することはないんよ〜、だって科学も進歩してるし!」そんな言葉を紡ぎ続けても、おばあちゃんはみるみるうちに泣きそうな顔になってしまう。やってしまった、とわたしも半泣き。おばあちゃんは静かに語りはじめて、お友達にも子供いない夫婦なんてたくさんいるわよ〜と自分に言い聞かせるように言う。そうだね!と元気に相槌を打つとおばあちゃんは泣き出した。「どうして、神様はこんな意地悪…」言葉が続かなくて二人とも泣き出してしまう。

わたしは一人っ子。祖父母と両親、おばさんに母方の祖母という大人に囲まれた環境で育ってきた。わたしの心配をしてくれる人はたくさんいて、過保護で苦労もしたけれどその分みんなの愛も受け取ってきたと思う。そんな中で、うつに不妊に離婚に。自殺未遂して実家に救急車を呼ばれたことも。今までの人生の選択に間違いはないと信じている。わたしの生き方を誰にも否定させる気はないし、わたしが苦しんできた事実も消えることはない。けれど、やっぱり、おばあちゃんを泣かせたくはなかった。狂おしいほどに、ただそう思う。

「わたしね、死んだら、神様に抗議する!」そう意気込むおばあちゃんを見て、おばあちゃんが長生きしてくれる方が嬉しいんだけど、と冷静に突っ込む。そして二人で笑い合って、また泣いて。生命保険を解約したことを悔しがり、わたし遺書書く!あんたの不妊治療に使ってください!って!と叫ぶ。おばあちゃんはパワフルだけれど、そんなことよりそう笑って泣いてくれることの方がずっとずっと、わたしにとって大切なことだ。

最近よく、星野源のfamily songを聴く。「ただ幸せが一日でも多く側にありますように 悲しみは次のあなたへの橋になりますように」そんな歌詞がわたしの胸を抱きしめて、ただそう想える相手がいることの幸せを感じる。わたしの人生はきっと、間違ってない。なぜなら、わたしのために泣いて笑ってくれるひとがいるから。家族も、友人たちも。わたしを愛してくれるひとたちがいるこの人生は、どこにもなく特別で、どこにもなく最高だ。

だから、絶対、だいじょうぶだよ。そう何度も言い聞かせる。わたしが生きてるという事実以上に素晴らしいものはないから、わたしは生きてただ感謝を伝え続けたい。夫がいなくても、子どもがいなくても。みんなが遠くからでも安心できるように、わたしは幸せだよ!ときらきら光り続けていたい。

この先の人生も何があるかわからない。もっと酷いことも、悲しいこともたくさんあるかもしれない。けれどきっと、もっと素敵なことも幸せなこともある。そう信じて明日も生きていきたい。あなたに出会えたこの世界、あなたと生きられるこの時代。こんな幸せな人生どこにもないって、叫び出したいほどの愛を抱えてわたしは生きてゆく。

わたしの幸せはわたしが決める。だから、今日もわたしは"幸せ"。

苦しい毎日も、悲しいことも。いつか思い出になる日を信じて。そして、思い出になる前にわたしは存分に書き残そう。あなたへの愛と感謝を。

いつもありがとう、これからもよろしくね。

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