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【論文抄読】視覚と方向転換

*専門家向けです。注:2600文字程度あります

寝返るとき、方向転換をするとき。
皆さんが体を捻るとき、どこから回旋が行われているのか感じたことはありますか?

実は寝返りも方向転換も、眼球や頭部から開始されます。
今回は「視覚と歩行」と言うテーマで論文をまとめていきたいと思います。

それではいってみましょー!

視覚と運動制御

僕たちは普段歩いているとき、段差を跨いだり、角を曲がったりしています。
何気なく行われている動作ですが、僕たちがあまり意識せずとも段差が跨げたり、角を曲がれたりするのはなぜでしょうか?

実は、歩行中の運動制御には視覚がとても緊密に関わってきます。

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上記のスライドは、視覚による歩行運動制御がどのくらい前から行われているのかを調べた研究です。

健常者を対象に、

課題①平地をまっすぐ歩いてもらう
課題②平地をまっすぐ歩くことは変わりないが、途中滑りやすいプレートが設置してあり、それを回避して歩いてもらう

の2種類を行いました。
そして、この2課題における歩幅の変化を観察しました。

結果、どの被験者においてもプレートの数歩前から歩幅を調整し、歩行スピードの著減もなく歩行が行えていたことがわかりました。

踏み込んだ足元の形状に合わせてバランスを取るのは、固有感覚や前庭系の働きです。

一方で、実際に一歩踏み込む前から予期的に運動を調整しておくこと。これが歩行における視覚の役割です。


方向転換は頭部の動きから起きる

では、方向転換において視覚はどのように活用されるのでしょうか?

以下の研究は、健常者の直立位に対して左右40°、90°、135°の位置に置かれているターゲットを点灯させて目視する、という課題における眼球・頭部・体幹・足の動きの順序を見たものです。

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研究の結果、ターゲット方向へ向く体の動きは、目→頭→体→足の順に回旋していたことがわかりました。
しかもそれは、ターゲットの位置に関係がありませんでした。

つまりターゲット偏向における回旋の動きは頭部から下肢末梢にむけて波及されていくのです。

ここで一つ疑問が浮かびます。

頭部の回旋が先行するのは、
ターゲットを目視するためなのか?
それとも
頭部の動きが末梢の回旋動作への波及とって重要なのか?
という疑問です。

この疑問について調べたのが以下の論文です。

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この研究では、被験者に対して0°、30°、60°方向に歩くという動作を繰り返し施行させ〈頭部、体幹、重心移動〉などの項目を評価しました。
その際、以下の2条件での違いを評価しました。

条件①頭部制限なし(head free)
条件②頭部制限あり(head immobilized)

ちなみに60°程度の方向転換では、眼球運動さえ起こせれば目視可能な状態でした。
もし移動先の情報を目視することが目的で頭部回旋が起きているのであれば、2条件間で差異は生まれないはずです。

しかし結果は違いました。
頭部固定条件では、固定なしと比べて体幹の回旋可動域の遅延、体幹動揺の低下が有意に見られたのです。

この結果が示すのは、方向転換等による頭部回旋運動は目視の目的だけでなく、重心の移動や回旋運動の波及にとっても重要だろうということです。

また以下の研究では、視覚情報が得られない状況であっても眼球と頭部は先行的に活動するのとを示しました。

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この研究では健常者において、90°の角を曲がるという動作を施行させました。
それを開眼条件・閉眼条件の2条件で実施し、眼球運動と頭部回旋運動に差異が出るのかを調査しました。

すると、閉眼条件の方が眼球運動範囲は低下するものの、開眼条件と同じように眼球と頭部回旋運動から先行的に運動を開始していたのです。

これらの研究結果から、方向転換における頭部回旋は、目標の視覚情報取得だけが目的でないと考えられます。

まとめると、頭部と視線の先行的な回旋には以下の意義があると考えられています。

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意義❶視覚情報取得による予期的運動調整
意義❷運動連鎖による回旋動作の易発現性
意義❸頸部:体幹の差異による運動情報

意義❸については眼球、頭部の先行的な動きにより、頸部と体幹を繋ぐ筋群に長さが生まれ、固有感覚としての回旋角度の情報をコピーするという役割があるようです。

なぜ、眼球や頭部から回旋するのか?

「なんで眼球や頭部が先行的に動くの?」と聞かれたら、「視覚情報を得るため」というのがもっともらしいです。

しかし、前述した研究で「視覚情報を得られる状態であっても、頭部が固定されていると体幹回旋動作が遅れる」とあると頭部や眼球が先行的に動くのはもっと理由があるのではないか、と思ってきました。

ここからは僕の完全な考察になるのですが、僕は頭部が先に動くのは「魚だった頃の名残りでは?」と考えています。

「顔の進化」という著書のなかで、

〈顔は食べるためにできた〉

という文章を見た記憶があります。(うろ覚え)
魚には尾ひれしかなく、顔が先行しています。

外界から栄養を取り入れることが最優先であったため、もともと顔には口しかなかった
しかし、口だけでは〈どこに、何があるか?〉を把握できない為に付随して視覚や聴覚機関、ついには発信するための機関もできたのです。

そう考えてみると、目視可能条件でも頸部固定されると動きが鈍くなったり、閉眼条件で視覚を取り入れられない場合でも頭部の運動が普通に起きるのは〈口が餌を求めていた〉世代の名残りなのではと妄想してしまいます。


まとめ

最後の妄想は蛇足でしたが、重要なことは
〈方向転換動作にとっての眼球・頭部の回旋は視覚情報の為のみならず、その後の回旋動作にとっても重要〉ということです。

この情報は、方向転換動作のみならず、寝返りや起き上がりといった床上動作にも頭部の先行的な動きが重要という示唆を与えてくれます。

これに対して片麻痺患者さんを思い浮かべると、下方視で歩行し、眼球・頸部の動きが固定されている方が多いように感じます。

次回は、運動制御と視覚制御の関係について、片麻痺症例の文献を交えながら考察してきたいと思います。

次回は来週6/20(日)更新予定です。

それでは!


参考文献

↓視覚と体幹の関係について

↓頭部回旋の意味が本当に視覚取得のためだけなのか調べた研究

↓開眼・閉眼条件で歩行時の眼球運動を見た研究

↓樋口さんによる「視覚と歩行」の総論です 初歩には最適です

↓なぜ「顔」ができたか?のお話 新書です



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