見出し画像

ムゲンダイな文字

去年の夏、急に思い立ってニンテンドースイッチを購入した。日常的にゲームをするようになったのは中学生の頃以来で、ゲームボーイアドバンス世代の私は今時のゲームの進化に驚きっぱなしである。

『ポケットモンスター ソード・シールド』『リングフィット アドベンチャー』など、これまで話題になった作品をいくつかプレイしたのだが、グラフィックデザイナーの私としてはUIで使われているフォントが気になるところ。

「ニタラゴ」というフォント

上で挙げた2作品のUIで共通して使われているのが、「ニュータイプラボゴシック」(以下、作者の意向に従い「ニタラゴ」と表記)だ。これはタイプデザイナーの佐藤豊さんが作った仮名フォントで、フォントワークスからは「ロダン」と組み合わせた「ロダンNTLG」、タイプラボからは「ルイカ」と組み合わせた「ニタラゴルイカ」、モリサワからは仮名フォント「タイプラボN」として販売されている。

画像1

『ポケットモンスター ソード・シールド』。ほぼ「ニタラゴ」だけでUIが成り立っている

画像2

『リングフィット アドベンチャー』。太いウエイトの「ニタラゴ」を斜体にすることで躍動感をプラス。右下の「とじる」は別のフォント

「ニタラゴ」の前身である「タイプラボ・ゴシック」は、1985年の日本タイポグラフィ年鑑で入選している。この年鑑がたまたま手元にあったので開いてみると、表紙タイトルはヘルムート・シュミットによる「カタカナ・エル」、本文は「タイポス」。それぞれ作者は違えど、いずれもどこか似た印象のゴシック体で、このスタイルが当時の流行であったことが容易に想像できる。

画像3

『日本タイポグラフィ年鑑1985』で使用されたフォント。両者とも幾何学的な特徴を持つ

なお、「タイプラボ・ゴシック」と並んで入選している「わんぱく(これも佐藤豊さんによるデザイン)」は、現在デジタルフォント「ロダンわんぱく」としてフォントワークスから発売されており、『あつまれ どうぶつの森』のUIで使用されている。

画像4

『あつまれ どうぶつの森』。キャラクターのセリフが「ロダンわんぱく」

今時のゴシック体事情

かくいう私は、「ニタラゴ」を一度も使ったことがない。その理由は、今時のゴシック体事情を観察することで見えてくる。

ここ数年でよくみかけるようになったゴシック体といえば、「たづがね角ゴシック」と「A1ゴシック」だろう。

たづがね角ゴシックは手書きに近い骨格を持つフォントで、すでに定番書体として馴染んでいる感がある。「A1ゴシック」も同じく手書きに近い骨格だが、最大の特徴は写植の墨だまりを再現している点。

「A1ゴシック」は発表されるや否や多くのデザイナーが飛びつき、現在にいたるまで使いまくられている。このことから、ゴシック体に人間味やアナログ感を求める風潮が感じとれる。

今時のゴシック体事情としてもうひとつ言えるのは、「游ゴシック体」がデザイナーにとっても、そうでない人にとっても定番フォントとして定着したことだ。

2013年にMacとWindowsの両方で標準バンドルされるようになったことがきっかけだと思われるが、今では駅の広告からその辺の張り紙まで、至る所で目にすることができる。

画像5

“今時の”ゴシック体と「ニタラゴ」の比較。「ニタラゴ」の横画がニュアンスを廃した直線である点、フトコロが広く、字面が大きい点に注目。

「ニタラゴ」が仮想ボディいっぱいに設計され、漢字と仮名のサイズにばらつきがないのは、横組においては文字の上下のラインが揃い、字間も詰まっている方が美しいとされていたからだ。

それが今では、真逆の特徴を持つ「游ゴシック体」が平気で横に組まれる。なんなら横組みでも漢字と仮名のサイズにばらつきがあり、ある程度の字間のアキがあるほうが読みやすいとされている。日本人全体の組版に対する意識が、「ニタラゴ」の生まれた90年代とは全く違う。

そういうわけで「ニタラゴ」や、それと似た特徴を持つ「新ゴ」「小塚ゴシック」「タイポス」などのゴシック体って、やや時代遅れな印象があり、肩身が狭そうだなとさえ思っていた……のだが、冒頭で触れたようにゲームをやるようになって、そのイメージは覆った。

ポケモンのUIを支える「ニタラゴ」

『ポケットモンスター ソード・シールド』のUIで使われているフォントは、「ニタラゴ」と「Futura」のみ。といっても、「Futura」が使われているのはポケモンのレベルやHPなど局所的なので、タイポグラフィの面でポケモンの世界を支えているのは「ニタラゴ」だといっても過言ではない。

これまで感じていた肩身の狭そうな印象が嘘のように、「ニタラゴ」は世代交代をテーマにしたという本作のポジティブな空気感を増長させ、プレイヤーをワクワクさせる。ジムリーダーを倒して先に進んでいくスポーティーなシナリオと、EDM調のBGMにはこのフォントのハキハキとした線質がよく似合う。

横組みでも漢字と仮名に大小のコントラストがあったほうが読みやすい説について上で少し触れたが、ポケモンのキャラクターのセリフは、英語のように言葉と言葉の間にスペースを挿入する「分かち書き」で組まれている。

通常の和文組版にはスペースがないので、文字ごとのサイズや画数の違いによって生まれる黒みのコントラストと、記号の前後のアキによって可読性を担保しているのだが、分かち書きで組む場合は事情が変わってくる。単語ごとに文字を捉えていくのだから、単語がそれぞれ塊としてまとまっていたほうが読みやすい。ゲーム独特の組版との相性という意味でも、「ニタラゴ」は適役といえる。

ゲーム的組版の検証

「ニタラゴ」と「游ゴシック体」でポケモンのセリフを組んだ例を図版で示す。ゲームの性質上、短いセリフが代わる代わる表示されていくこと、子供向けに漢字の分量を減らしていることを考慮すると、このなかでは「ニタラゴ」を分かち書きで組んだものが最も読みやすいと考えられる。

画像6

画像7

画像8

画像9

実際のポケモンで使われているのは「ロダンNTLG」だが、この例では「ニタラゴ」と組み合わせる漢字を「新ゴ」に設定。「ロダン」の漢字は字面が小さいので、「新ゴ」の方が分かち書きの組版に合うと思った。

「百年の風雪に耐える文字を作れ」

「ニタラゴ」の前身、「タイプラボ・ゴシック」が世に出た1984年発売のゲームソフトといえば、ファミリーコンピュータの『パックマン』である。

粗いドットに豊かな世界観を思い描いていた頃とは比べ物にならないほど進化した現代のゲームで、「ニタラゴ」がフレッシュな活躍を見せている。フォントって、使い方によってまったく新しい表情を見せることがある。

「百年の風雪に耐える文字を作れ」とは、「秀英体」の改刻に取り組む書体設計士の鳥海修さんに贈られた、グラフィックデザイナー平野甲賀さんの激励の言葉。時代とともに好まれるフォントの傾向も、組版のあり方も変わっていくが、100年後、「ニタラゴ」はどんな表情を見せてくれるのだろう。その頃私はもういないけれど。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
荒井胤海|デザイナー

twitterにて更新のお知らせをしておりますので、よかったらフォローお願いします! https://twitter.com/tsugumiarai

412
グラフィックデザイナー。岡本一宣デザイン事務所を経て、現在日本デザインセンター 色部デザイン研究所勤務。