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文字の内側から湧いてくるもの

建築空間に文字やピクトグラムを配置し、来訪者を案内するのがサインデザイナーの主な仕事だが、ゴミ箱や傘立てなど、施設を運営していくうえで欠かせない設備の見た目をサインと統一していくために、形状から考えることもある。

文字の位置や大きさをコントロールすることで人の目線を誘導するのは、グラフィックデザイナーが日常的に行なっていることだ。その感覚をサインデザインに活かせる部分は多いのだが、ゴミ箱や傘立てのような構造物のデザインとなると、勝手がわからなくて困惑してしまう。

一刻を争うデザインの現場で延々と困惑し続けるわけにもいかず、専門書に手をのばす。グラフィックデザインの領域とは全く異なる言語が飛び交う文章にまたもや困惑するのだが、そのなかで見つけた「張り」という言葉は、文字のデザインに通ずる考え方だと思ったので紹介したい。

「張り」は、プロダクトデザイナーの深澤直人さんが自身のデザイン観を説明する際に用いる言葉で、物体に外側から加わる力と、それを押し返す力によって必然的に決定される輪郭の質のこと。プロダクトに適切な張りを与えることができれば、それは置かれる場所において「ふさわしい」存在となり、淘汰されることなく長く使われるようになる。

ゴム風船にたとえてみよう。風船に空気を吹き込むと、内部からの圧力と、外部からの圧力がバランスして、風船の大きさ、つまりゴムの描き出す輪郭が決定される。私たちは自らの意思によって輪郭を描き物体を生み出しているつもりでいるけれど、線は描くものではなく、見つけるものなのかもしれない。

ミクロな空間の圧力

書体設計士の鳥海修さんいわく、書体の性格を決定づける要素は4つあって、それは「フトコロ」「ふとさ」「エレメント」「重心」だという。

フトコロは、ひとことで言えば文字の内側の空間のことだ。ふとさやエレメントの違いの方が一目でわかりやすく、書体の印象を大きく変えるように思うが、「タイポグラフィ」が空間に文字を配置する技能と定義づけられる以上、フトコロというミクロな空間に目を向け、そこから発生する圧力を感じてみたい。

フトコロを、張りの観点から捉え直してみる。先ほどの風船を文字に置き換えるならば、文字が周囲の空間から受ける圧力と、文字の中心から湧き出してくる圧力がバランスして、フトコロの広さが決まる。それにしたがい、文字の骨格がほぼ自動的に描きだされる(と考えるのは、少々乱暴だろうか)。

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フトコロの狭い游ゴシックと、フトコロの広いニュータイプラボゴシックを同じ文字サイズで並べた。游ゴシックは周囲からの圧を受け止めるやさしい形。タイプラボNは周囲からの圧を押し返す力強い形。

張りのある書体

深澤直人さんは著書のなかで、プロダクトの輪郭だけではなく、人間の生きる姿勢に対しても張りを見いだす。責任や目標、病などの外界からの圧力を押し返す人の力強さに対して「張りがある」と書いているのだが、書体も同じで、周囲からの圧力を強く押し返すような書体、つまりフトコロの広い書体は、活発で、力強い印象をもつ。

任天堂のゲームソフト『リングフィットアドベンチャー』のUIでは、「ニュータイプラボゴシック」がふんだんに使われている。斜体と鮮やかな黄色の濃い味付けを抜きにしても、数多ある和文書体の中で最もフトコロの広い部類に入るこの書体からは、躍動する筋肉の張りを感じる。このフトコロの広さはすなわち、外界からの圧力を押し返す力強さ。

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ほかに張りのある書体といえば、「ゴナ」がある。写植の時代に広く用いられた書体で、デジタル化されていないために現在はあまり目にすることがないけれど、漫画『ドラゴンボール』の名シーンで、主人公のライバルであるベジータが発する「お前がナンバーワンだ」というセリフが「ゴナ」で組まれている。この胆力は、他の書体には出せない。

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オリジナルはゴナ。アンチゴチでは素っ気ない。游ゴシックではやさしすぎる。

文字の内側から湧いてくるもの

文字を現状よりも目立たせたい、強くしたいという目的に向かうとき、明朝体をゴシック体に、細いウエイトをよりボールドにしていくのは常套手段である。このとき、「強さ」を単純に「線の太さ」として変換してしまってはいないか。リングフィットアドベンチャーの画面にうつるニュータイプラボゴシックに筋肉を刺激された人や、ゴナで組まれた漫画のセリフに心を動かされた人は、なんとなく無意識に、文字の内側から湧き上がるような強さを感じとったはず。色や、線の太さや、文字サイズの大きさとは別の、文字の内側から湧いてくるものに敏感でいたい。

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