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76日目:えんしょう【延焼】→掌編小説

えんしょう【延焼】
火事が火元からほかの建物などへ燃え広がること。

◆◆◆

「あーかっこいい、三浦先輩!」そういってエミは、苦しさと幸福のまざったような顔で地団太を踏んだ。
うざっ。とっさに沸きあがる感情は、冗談に昇華できないほど黒くて重い。口から出してしまったら、ドロドロしたヘドロ状のモンスターが具現化してしまいそうだ。
わたしは、躊躇うことなく先輩を好きだといえるエミのことが、憎くて、うざい。

午後の休み時間。
二人並んで、教室の窓から先輩がサッカーをする姿を眺める。それがエミとわたしの日課になって半年くらいが経つ。
話し相手になってやるかと、最初はしぶしぶ眺めていたのに、こんな気持ちになったのはエミのせいだ。
こいつが隣でぎゃあぎゃあと先輩の長所を挙げるせいで、わたしは先輩から目が離せないし、エミの一言一言に気持ちがざわつく。

「見た? 今の笑顔、やっば!」エミは大袈裟に先輩の動作を実況する。
いや、普通でしょ。そう答えながら、先輩のことを目で追う。
エミのいうとおり、先輩の笑顔は、やばい。
他の子たちが騒ぐような整った顔ではない。けれど、喜びが顔いっぱいに広がるような先輩の笑顔を見ると、こっちにまで嬉しさが伝染して、胸が痛くなる。
彼の隣にいられないなら、いっそサッカーボールになって、一生彼を目にしなくていい場所まで蹴り飛ばしてもらいたい。

「わたしさぁ。バレンタインデーに告白してみようかな」エミがそういって、こちらを見た。そっか、いいんじゃない?そう答えるけれど、わたしはエミの目を見ることができない。
どうせ振られる。エミなんて、わたしと一緒に先輩を遠くから見つめることしかしていない。振られなきゃ、おかしい。

◇◇◇

きっと、うまくいくよ。大丈夫。そういって、エミが先輩の靴箱にチョコレートを入れるのを見届けた。

チョコに添えた手紙に連絡先を書いたというエミは、その日から毎日携帯の振動を気にしていた。先生にバレたら没収されるよ。そんな忠告をしても、エミは「そうだよねぇ」と呟いて、鳴らない携帯を大切そうに握りしめていた。

「これってさ、振られたってことだよね」2月も終わりに近づいたある日。帰り道で、エミは急に立ちどまって、いった。
振り返ると、彼女はぎゅっと唇を噛みしめていた。目には、すこしずつ涙がたまっていく。思わず、その冷たい手を取りにぎると、マフラーに顔を埋めるようにして、エミは嗚咽を漏らしはじめた。

彼女を抱きよせて、背中をぎゅっと抱く。
可哀そうなエミ。はじめての失恋で、回答すら貰えず泣いているエミ。
細い背中を擦りながら、わたしはなぜか、自分を慰めているような気持になった。
可哀そうなわたし。きちんと失恋すらできない、わたし。
エミがわたしの顔を見て、「なんであんたも泣いてんの?」と、涙声でプフッと笑った。
ごめんねと謝ると「全然意味わからんし」といいつつ、わたしの背中を撫でてくれた。

寒空の下、二人で慰めあって、しばらく泣いていた。通りすがりの大人たちが、不思議そうにわたしたちを見ている。
見てんなよ、うざっ。うぜーんだよ。
その言葉をエミじゃない誰かに使えることが嬉しくて、わたしは泣きながら、さらに強くエミのことを抱きしめた。


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