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染井さんちの吉野くん

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桜の精霊と精霊が見える子どものショートショート小説
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「染井さんちの吉野くん」第1話

 また逃げられた。

 小学四年生の恒平は、夏の青空に飛んでゆくセミを恨めしげに見上げ、「くそっ!」と木の幹を叩いた。さっきまでセミが止まっていた木だ。

 恒平のクラスでは虫取りが流行っている。誰が一番多くセミを取れるか競っているのに、恒平はまだ一番になったことがない。

 焦りがセミにも伝わるのか、今日に至ってはまだ一匹も取れていない始末だ。

「あーあ、さっきのは絶対取れたのに!」

 悔し

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八重桜の普賢象が好きです。白象が由来になったという美しい牡丹桜。
ちなみに八重桜と牡丹桜は同じものです。八重咲きの桜の総称が八重桜で、八重桜の別名が牡丹桜(ボタンザクラ)。ご存じでしたか?

桜の精霊・普賢象の自己紹介
https://note.com/tsubaki_nikki/n/nc655b4ba03d1

八重桜の関山(カンザン)が咲いてました。桜餅みたいな可愛いお花。遠くから見た時、振袖を着たお嬢さんみたいに華やかな印象を受けます。関山のビジュアルイメージはそこから。

桜の精霊・関山の自己紹介
https://note.com/tsubaki_nikki/n/na47379ffad37?magazine_key=me1eba15ef929

白い花と緑の葉が清々しい大島桜を見ました。大島桜は桜餅の葉っぱに使われる桜。木の前に立つとよい香りがします。

有名な染井吉野の片親で、清楚な華やかさが似ているかもしれません。

植物園はもちろん、たまに街中でも見られる桜です。

昨日、桜並木の桜が一輪だけ咲いているのを見ました。私の前のお姉さんが写真を撮って笑顔で立ち去り、向かいから来たおじいさんも写真を撮って微笑んで去ってゆくのを見た時、「たった一輪でここにいる三人を幸せにする桜ってすごいな」と心から思いました。三人目は私です。

去年、とても綺麗な枝垂桜を見たことから「染井さんちの吉野くん」が進みました。書いていて本当に楽しかった。はんなり脅し上手な枝垂桜さん、好きなキャラです。

https://note.com/tsubaki_nikki/n/nc2ec5c44aecc

いよいよ染井吉野が咲きますね。「吉野くん」を書くようになってから桜を三回楽しめるようになった気がします。
早咲きの河津桜や大寒桜→染井吉野と枝垂桜→遅咲きの八重桜という風に。

「染井さんちの吉野くん」
https://note.com/tsubaki_nikki/n/n84bb4c1f4763?magazine_key=me1eba15ef929

「染井さんちの吉野くん」第49話

「染井さんちの吉野くん」第49話

第49話【枝垂桜さんの賭け、あるいは春の約束】

 春が来るたび、美しい桜だと思っていた。八重桜の普賢象のことを。

 五年前のその日、枝垂桜の精霊は葉桜のかんざしを揺らしながら、午後の散歩を楽しんでいた。

 ここは枝垂桜の住まいである自然公園だ。

晩春の今は、遅咲きの八重桜たちが花の季節を迎えている。

 この枝垂桜の精霊は、八重桜を見るのが好きだった。

華やかな八重咲きの彼らには、一重咲

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「染井さんちの吉野くん」第48話

「染井さんちの吉野くん」第48話

第48話【はんなりとした脅し、あるいは春の約束】

「また来年……花を見に来ても?」

 花飛ばしの特訓を見た直後、枝垂桜の精霊はそう言った。

笑うでも揶揄するでもなく、ただ真剣な顔で。

 いいお嬢さんだ。普賢象はそう思った。

秘密の特訓について、あれこれ言われないのがありがたかった。

「もちろんだ! ぜひ見に来てくれ。

そのときは、この普賢象の満開をお見せしよう」

「満開もええけど、

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「染井さんちの吉野くん」第47話

「染井さんちの吉野くん」第47話

第47話【枝垂桜のお嬢さん】

「これはこれは。こちらの麗しき精霊殿が、わが主を迷子の窮地より救ってくださった恩人、否、恩精霊殿ですな。

心より感謝申し上げる。私は柴犬の柴太郎と申します」

「……なんや、きちんとしたワンちゃん連れとるね」

 枝垂桜の精霊と初めて会う柴太郎は、おすわりの姿勢で挨拶をした。

枝垂桜はくすっと笑った。

「かわいらしいお花つけて。普賢象はんにもろたん?」

「は

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「染井さんちの吉野くん」第46話

「染井さんちの吉野くん」第46話

第46話【花飛ばしの特訓】

 以下、普賢象は恥ずかしそうに語った。

「花飛ばしというのは一朝一夕に身につかない技術なんだ。落花の軌道を変えるには、霊力の細かいコントロールが必要でな。

しかも、俺の木の成長具合や健康状態によって、微妙に感じが違う。

だから毎年、こうして実際に花を飛ばして調整しないと、勘を取り戻せないんだ」

 精霊と子どもたちが話している間も、午後の公園は心地よい静寂に包ま

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「染井さんちの吉野くん」第45話

「染井さんちの吉野くん」第45話

第45話【普賢象さんのファンサ】

 八重桜見物の夜は和やかに過ぎ、ついに約束の日を迎えた。

普賢象に枝垂桜のお姉さんとの関係性を教えてもらう日だ。

 叶恵と恒平と柴太郎は、三たび自然公園を訪れた。しかし、叶恵は首をかしげた。

「あれって普賢象さんの木だよね?」

 見覚えのある白い八重桜がない。

普賢象らしき木では、柔らかな赤い花が風に揺れ、ときどき木からぽとりと落ちる。

 恒平がカメ

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「染井さんちの吉野くん」柴犬と八重桜

「染井さんちの吉野くん」柴犬と八重桜

第44話【柴太郎と話そう】

 吉野が半身だけ木に戻り、八重桜のお姉さんたちに叱られている頃、恒平は普賢象にある悩みを打ち明けていた。

「というと、柴太郎の言葉が自分だけわからないのが恒平の悩みなのか」

「うん。実はすげえ悩んでる」

 恒平は力なくうなだれた。好物のだし巻き卵もほとんど食べていない。

 普賢象の白い花の下、恒平と精霊は並んで石のベンチに座っていた。

柴太郎は恒平の隣でし

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「染井さんちの吉野くん」第43話

「染井さんちの吉野くん」第43話

第43話【女子会と葉桜吉野】

 叶恵母が一眼レフで八重桜を撮影する間、精霊と子どもたちは二手に分かれていた。

 叶恵と関山と一葉と吉野、もう片方は恒平と柴太郎と普賢象という組み合わせである。

特に意図したわけではないが、それぞれ話が盛り上がった結果だ。

 叶恵は二つめの桜餅を大事に食べながら、精霊のお姉さんたちに問いかけた。

「さっきね、枝垂桜さんの木に声かけたんだけど、『嫌や、出たない

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