生物多様性のこと
今日は子どもの日。お天気でしたね!
昨日宣言した通り、私は満月プリンを作って、先ほど子ども達と食べました。毎週は行けないけれど、長いお休みのときに決まって出かける、緑の多い素敵な場所に行き、新緑も楽しみましたよ♪
さて、このブログは、あろうことか書評家の冬木糸一さんにnoteに書き込んだコメントを消されブロックされてしまったことに、茫然自失した私が、なぜ?の回答もないまま『心のゆるさじnote』をシタタメる。という目的で続けられているものなのですが、みなさま。(少し引かれても構いませんよ♪)どうぞ、ゆっくりしてらしてください。
まず、今日はこちらのエッセイをご紹介させてください。
今は昔、2001年のヒトゲノムの全ての解読を目指し、日本でもひた走り続けられているプロジェクトがありました。その第一線に立たれていた科学者の中村桂子さんのエッセイです。2年前から始まっていて、26章までと長めなので、私もまだ、全部は読んでいません。ゆっくり楽しもうと思っています。
2001年ごろ、中村桂子さんの著作と出会った私は、大阪や京都に行っては、高槻市の生命誌研究館に向かっていました。このエッセイの中の扇形の図を、私は実物で見たことがあります。
線虫から植物、昆虫、海の生き物から陸上の生物、人類に至るまで。わくわくしながらこの図を眺めたことを、思い出します。
そして、先日お話しした『生物多様性のこと』というnoteの中で、私はジーンクエストという遺伝子解析の会社を創られている高橋祥子さんの『生命科学的思考』という本から引用した文章をご紹介しました。
このふたつの、なんでしょう。世代なのでしょうか。多様性や生命をめぐる世の流れ。みたいなもの。この年代の間で起きていることが、気になるのです。
お話が長くなってしまうのですが、最近、『言語はこうして生まれる』という本を読んだり、cotenラジオをきいていたせいか、私の頭によく、ダーウィンの進化論がポップアップされてきます。
きっと、みなさんはご存知ですよね?ダーウィンの進化論。
優れたり、環境に適応してきたものが残ってきた、というわけではなく、なんと、たまたま持っていた能力や、その個体に起こった変化がその時の環境に合っていたから、生き延びたものが「進化」と呼ばれた。という、お話しです。
上記の本も、冬木糸一さんの『基本読書』からのご紹介でずっと、ちびちびと読んでいる本なのですが。これも面白いのです。
本編は言語の発生の仕方がジェスチャーゲームのように起こることについて書かれた本ですが、言語発生においては「短くて分かりやすい言葉」の生き残る確率が高いということも、語られています。人間の脳に繰り返し現れやすく、言葉として残る確率が高くなるから、という理屈です。
ダーウィンが活躍した当時の研究者の間では、言語の樹系の方が先に、権威化して学ばれていたそうです。そこで、ダーウィンは当時の宗教見解上発表しにくい『種の起源』を、言語の発生の系統樹に寄せて発表し、知識人の脳みそにすべりこませた、といった発表を可能にしたダーウィンの工夫や経緯も書かれていました。
ダーウィンの『種の起源』のような、根本的と思われる概念を浸透させるにも、これまでの主流の考え方に馴染ませる必要があったということが、強く印象に残るエピソードです。
私は2000年から2010年ごろまで、中村桂子さんや養老孟司先生の著作に親しんできました。その後、冬木糸一さんの『基本読書』(2009ねんぐらい)や高橋祥子さん(2017年ぐらい)の存在について知るに至っりました。これは、長男(15歳)が生まれてからのことです。
自然豊かな場所で育ったので、生命誌は、地球を包括して、宇宙を包括しているという感覚的な話がとてもしっくりきますし。それは、他にも追いかけているモンテッソーリの著作にも、それを感じています。
私の中で、中村桂子さんや養老孟司先生の世界観と、冬木糸一さんや高橋祥子さんの世界観の間で、うろうろとしていて。中村桂子さんのエッセイの中で言語化されているかもしれません。私にはまだうまく言えなくて。その差分が、肝心なのだと思います。
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