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五十八話「割り込み」

いまは夫と何人かのお子さんを持つHさんの話。


Hさんが小さい頃は父親が転勤族で、各地を転々としていたそうだ。

行く先で友達ができてもすぐに引っ越してしまう。
そんな日々を繰り返していたが、ある時期だけ落ち着いて過ごせていた地域があったという。

そこでGくんという男の子と仲良くなった。
いままで引っ越した先では、女の子としか仲良くしなかった。なので初めのうちはギクシャクしたが、徐々に仲を深めていったそうだ。

今度こそ親友ができる。Hさんがそう思っていた矢先。

またお父さんの転勤が決まった。

いままで大人しくしていたHさんも、今回だけは泣きじゃくって抵抗した。
だが、泣くだけで物事がひっくり返る訳ではない。

お別れの日。
Gくんが挨拶をしに来た。
お互いに泣き腫らした顔で、初めて抱き合い、別れの言葉を交わした。

最後にGくんは
「また遊びに来てよ。ぼくも絶対に遊びに行くから・・・」
そういって彼は宝物と称した、手のひらほどの缶々を渡してくれた。
そして「ありがとう」とHさんが口にしたのが、最後の会話だったそうだ。


さて、そこからのHさんには、転校して数ヵ月を待たずに中学校への進学に加え、ご家族の不幸が重なり、非常に慌ただしい日々が続いた。

そうして、Gくんから缶々を貰ってから半年近くたったある日。

ようやく日常が落ち着いてきたHさんは、最後に会ったGくんの姿を思い浮かべながら、貰った缶々の封を解く。

そこには何もなかった。
困惑したHさんは両親に問いただしたが、缶には触っていないという。
それどころか、連絡先を交換したGくん一家とも連絡がとれなくなっていた。


そんなことがあった。

「たぶんGくんがスネたから中身がなかったんでしょう」

そこで、とんちのようなことを口にしたHさん。
どういうことか尋ねると、この切ない思い出話の様相が180°変わってしまった。


というのも、それから空っぽになった缶々のことも、あんなに仲良くしていたGくんのことも、Hさんはすっかり忘れきってしまった。


そして、いまの旦那さんと結婚して子宝に恵まれた。
そこで初めて孫をつれて旦那さんの実家に里帰りしたときのこと。

家に上がってまず旦那さんのご先祖さまが眠るお仏壇とご対面すると、そこにところどころ錆びついた缶々がお供えされていた。

それをみた義理のお母様お父様は、首を傾げて缶を取り下げた。

最初にその缶をみたHさんも、なぜこんな綺麗ではないものをお供えしているのか一瞬驚いたそうだ。


問題は、後日Hさんの父方の実家に帰ったときのことである。
ご先祖のお墓にお参りすると、あのところどころ錆びついた汚ならしい缶が、墓前に供えられていた。

ぎょっとしたHさんは、誰にも気づかれないようにその缶を処分したのだが、そこでようやく彼女は、まじまじとその缶をみることになった。

そこで脳裏に再び浮かんできたのは、初めて仲良くなった男の子、Gくんのことと一連の思い出だった。

彼が最後に渡してきてなくしたはずの缶は、いままさに彼女の手中にあった。

そして、その閉められた蓋の端々からは、黒い髪の毛のようなものが数本こちらを覗かせていた。



もうひとつ、ふたつ彼女が思い出したことがある。

それは、彼女が初めてその缶を開けたとき。
当時はどうして中身が空っぽなのか分からなかったこと。

それと同時に、そういえばHさんに生まれて初めて彼氏ができたのも、その頃だったような気がしてきた。


「どういう経緯で彼がその事に気づいたか分かりませんよ? それに私の思い過ごしかもしれません。ただ・・・」


夫方の、もしくは自分の実家に帰省すると、ときおり、あの何度も捨てたはずの缶々を、家のなかか墓前で見かける。

そして、その蓋の端から覗かせる髪の毛も、年々数を増やし、明らかに伸びてきているそうだ。

それを毎回みつけると、Hさんは家族の者に気づかれぬようひっそりと回収し、蓋を開けることなく火にかけているという。


「なんというか、まるで、自分が血縁者であるかのように、アレは実家に潜み混んできているん気持ち悪いんです」



「ほんとね、いつまでも未練たらしい男は、好みじゃないんですよ・・・」

そう口にする瞬間だけ、彼女は冷ややかな口調で、不気味なほど美しい顔を扇子で半分隠しつつ、話してくれた。