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みんなが「選ぶ」ことで、未来は変わる。その魅力をつくるのが表現者の使命。 Special Interview | 音楽家・小林武史さん

音楽家、音楽プロデューサーとして数々の名曲を世の中に生み出してきた小林武史さん。その一方で、櫻井和寿さんや坂本龍一さんとともに設立した〈ap bank〉による野外音楽イベント『ap bank fes』や、「農」と「食」と「アート」の複合施設『KURKKU FIELDS(クルックフィールズ)』など、音楽や食といった誰もが親しみやすいテーマから、人々が環境問題について考え、アクションできる“きっかけ”を創出されています。

今回は『KURKKU FIELDS』を提携拠点のひとつとする三井不動産レジデンシャル株式会社が推進する、あたらしいすまいとくらしのサービス〈n'estate(ネステート)〉に向けた小林さんのスペシャルインタビューをお届け。
80年代から音楽業界の過渡期を駆け抜けてきた小林さんだからこそ語れる、表現活動を通じて社会に対するアクションを起こし続けること。そして、ご自身が思い描く心地よい未来のくらしについて。今年5年ぶりの有観客開催となる『ap bank fes』を目前に控えた小林さんの事務所でお話を伺いました。

小林武史 | Takeshi Kobayashi
音楽家。1980年代から音楽プロデューサーとして活躍。2003年にMr.Childrenの櫻井和寿氏、音楽家の坂本龍一氏とともに環境プロジェクトに融資を行う非営利組織〈ap bank〉を立ち上げる。2019年11月には千葉県木更津市に『KURKKU FIELDS』をオープンし、太陽光発電所を設置して電力を自主生産するなど、自然エネルギーや食の循環に関する試みを実践している。               

音楽やアートが世界の扉を開くことを知った、音楽家としての原体験。


—— はじめに、音楽家である小林さんが多様な活動をされるなかで特に環境問題に向き合うようになったのは、どのようなきっかけがあったのですか?


小林さん(以下、小林):僕が音楽家として世の中に出た90年代頃は音楽業界がまだまだ元気でしたし、ニューヨークやロサンゼルスなどを行き来しながら、海外のミュージシャンとのセッションやレコーディングも頻繁に行っていました。

そこには、かつて僕が聴き親しんでいた60年代や70年代のアナログなサウンド、それを僕は初期衝動と呼んでいるのですが、グッとくるような衝動を音楽にそのまま込めていくような感覚があって。

いわゆる60年代、70年代といえば、音楽やアートで表現することで世界の扉を開いていった時代。僕と同じくらいの世代の人には分かると思うんだけれど、例えばアメリカの植民地主義に対して「反戦」というムーブが起こったのはここ何十年かの歴史の中でもすごく大きな出来事だったわけです。

僕は音楽からそういった影響を受けて育ってきたこともあり、音楽家として「人の心に素直に、直接訴えかける」ことを大切に活動してきました。生き物として、人間として、男性として、いろいろな角度から世界を見ていく中で、自分さえよければいいという利己的な考え方への課題意識がベースにあって。その想いがまた創作への原動力にもなっていました。

そして、2002年に起こったアメリカ同時多発テロ。当時ニューヨークで生活されていた坂本龍一さんと話すうちに「いよいよ、ここで何かをするときだな」と感じたんですよね。そのためには強大な力や仕組みのなかにただ居るのではなくて、僕ら自身が世界で起こっていることを自発的に学び直さなければならないなと。

はじめは「artists’ power」というメーリングリストでのつながりから、専門家や有識者を交えた勉強会がスタートしました。そこで、自然と僕らの営みのなかにさまざまな警鐘が鳴っているということを改めて学んでいきました。その勉強会をきっかけに、自分たちのお金を環境や福祉など自分たちの望む目的に活かす「市民のためのバンク」の存在を知り、環境プロジェクトに融資を行う組織として〈ap bank〉が誕生しました。

完全な「正しさ」は存在しない。それでも大切なのは、思考し続けること。


ー 野外音楽イベント『ap bank fes』は〈ap bank〉が掲げる「サステナブル」というコンセプトを身近に体感し、実践する場として2005年からスタートしたのですよね。

小林:僕は日頃から“魅力”という言葉をよく使うんですけれどね。僕たち音楽家をはじめ、表現者は“魅力”をつくることが仕事。それをみんなに選び取ってもらうことでしか未来は変わらないと思っているんですよね。結局、魅力がないことには未来に続いていかない。そうじゃないと「これが正しいのだから理解しなさい」という押し付けになってしまう。

例えば〈ap bank〉が向き合う環境問題も国や企業、それこそ個人それぞれに見る角度によって「何が正しいか」は違う。完全な答えは存在しないと僕は思っているので、そこをみんなでバランスを考えて、現在のことも先のことも考えながら共生・共存していく。そうやって試行錯誤していくことが大切なんだと思います。

ちなみに、僕は折に触れて三井不動産と関わることがありましたが、その頃から「三井はいい、魅力のあるものをつくるところだな」というイメージがありますね(笑)。

——  そんな『ap bank fes』が今年、5年ぶりに有観客で開催。今回掲げられた「〜社会と暮らしと音楽と〜」といったテーマに込められた思いをお聞かせください。

小林:『ap bank fes』を開催するにあたり、Mr.Childrenの櫻井和寿くんとずっとやりとりをしていたんです。いま本当に世界は、こんなはずじゃなかった、一体僕たちに何ができるんだろうって呆然としてしまうような状況が続いていて。そんな中でも、やっぱり思考停止をしてはいけないよねと。亡くなった坂本龍一さんも「思考停止してしまうことが一番危険なこと」だといつも仰っていました。

それに近年は、僕らのまわりの方々が亡くなって。坂本龍一さんをはじめ、高橋幸宏さん、そしてMr.Childrenや僕と一緒に活動してきたアートディレクターの信藤三雄さん。彼らは、表現者が社会とのつながりを感じながら扉を開いていくアクションを目の当たりにしてきた世代の人たち。それを自身で実践して、率先して社会活動に取り組んでいた彼らの想いを消してはいけない、という気持ちもありました。

世の中にはこれが確固たる答えだというものはないし、不確定要素のなかで僕たちは生きている。そんな状況に対して、櫻井くんが思いついたのが「〜社会と暮らしと音楽と〜」というサブタイトルでした。彼らしい、やさしい言葉だなと思います。

—— 長年、環境問題に対するアクションを続けていくなかで、どのような気付きがありましたか。

小林:『ap bank fes』も静岡県のつま恋という自然が感じられるイベントで素晴らしいのですが、もっと自然の観点から「循環」というものを考えてみたいという想いが芽生えてきました。

音楽人としてそれなりの影響力を持ち、CDをつくったりコンサートをしたり。そこからお金を預かる立場としてはどのように資金を活かすかという責任があるし、”利己的”ではない、ある種の“公的な”という観点(からものごとを考える習慣)はすごく身についてくるんです。〈ap bank〉も未来のためになることを考える人たちがマイクロファイナンスに近いような融資をするかたちではじまった組織ではあるのですが、僕たちはそこに「お金は道具なのだから」というテーゼをひとつ立てたんです。

もちろん経済活動のなかでいろいろなせめぎ合いはあるけれど、無理にバランスをとったりしないで「サステナブル」という理念を掲げながら、人間や生きものが生きるための本質的な喜びを自分たちで実践してみるべきなんじゃないかと、2005年に株式会社KURKKUを設立しました。土を耕すところから農業をはじめ、7年の月日をかけて生まれたのが『KURKKU FIELDS』。ここでは食の循環に関するさまざまな試みを実践し、追求していこうとしています。「食」というものは、生きていくことを欲する人間として、ほかの命をいただくこと。おまけに食べるという行為は、大きな喜びでもあるわけですから。

都市と自然を行き来して、自分の「しるし」をつくる。いろんな角度から世界を見ることで、未来への解像度が上がっていく。


—— 自然と向き合うことで、小林さんご自身の生活に変化は?

小林:90年代から2000年の前半にかけて、くらしを工夫することを自分なりにいろいろと試してきたんです。それが、あるときから「東京/都市から離れる」ことに考えを巡らせるようになりました。
僕はスキューバダイビングが好きなので、海に行くのも、泳ぐのも好き。レコーディングスタジオに閉じこもる人生の僕にとって、例えば1週間ビーチリゾートに行くなど、そういった時間の過ごし方をしていると、太陽とともに生きることや、食べ物が太陽の恵みであることとかを本当に実感することができるんです。要するに、太陽光からの循環ですね。

だからといって合理的な都市のくらしがダメだ! という話ではなくて、それはそれで絶対にいいじゃない?  駅から降りて少し歩けば、いい感じの店が並ぶ横丁があったり。やっぱり都市じゃないと得られないもの、都市ならではの風景、街ごとのいろんな表情があるから面白いのだし。

そういった都市のよさもあるけれど、一方で自然がもたらしてくれる命の壮大さのような、包まれるような感覚に安心したいときもある。その両方のグラデーションがあるから、いろいろと感じることができるのだと思います。

自然の感じ方は人それぞれで面白い。僕の場合は、海の底でぶくぶくと言っているようなイメージ。普通じゃないけどさ。海の底に潜っていくと「いろんなところとつながって、今ここに居る、生きているんだ」という感覚が間違いなくあるんです。

—— 都市と自然、それこそ世界を股にかけて「移動」を重ねながら活動をされている小林さん。〈n'estate〉も提唱する拠点を変えること、くらしの視点を変えることの価値については、どのようにお考えですか?

小林:そうですねえ。いろいろな人の価値観があるので「いつも同じ窓から四季の移ろいを見るくらしがいい」という人がいても、それはそれで全然いいんじゃないかと思います。

でも、僕自身は動いているなかでこそ発見できる物事があると思っています。からだを動かしてみるというのは、止まらないことにつながるのかなという気がします。日々いろいろと考えて、思い悩んだりもするんだけれど、そこにこそ工夫が生まれてくるし。迷ったら動いてみる。僕はもう、迷うも何も、先に体が動いちゃうのだけれど(笑)。

そんな中でも、ただ旅行に訪れることと、自分にとってひとつの拠点になりえる、自分にとっての「しるし」がある場所をつくることは、少し意味合いが違ってくるんですよね。今生活している場所のみならず、自分の拠点をつくり、居場所を持つことで、自分が生きていること、ほかの命と関わっていることを違った角度から感じることができる。僕にとっては、そうしていくことで未来に対しての想いがクリアになっていく感覚があります。

> n'estate(ネステート)のサービスや拠点について、さらに詳しく。
n'estate 公式WEBサイト
n'estate Official Instagram


Photo: Ayumi Yamamoto

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