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地域のよさを知るには、その土に生きること。 Interview 神谷よしえさん 前編

自分に合ったライフスタイルを実践する人、未来のくらし方を探究している人に「n'estate」プロジェクトメンバーが、すまいとくらしのこれからをうかがうインタビュー連載。第2回目は、日本の食文化をローカルから発信する「ライスツーリズム」を主宰するフードコーディネーターの神谷よしえさん。

現在、大分と福岡、佐賀の三拠点をベースに活動する神谷さんは「その土地にくらし、そこに住む人々と交流することで、その地域のよさを見つけることができる」と、多拠点生活で得た経験をご自身の活動に活かされています。今回は佐賀・嬉野の和多屋別荘に構える〈おにぎり神谷〉で、神谷さんの握るおにぎりをいただきながら、お話を伺いました。

神谷 よしえ | Yoshie Kamiya
1966年生まれ、大分県宇佐市出身。株式会社生活工房とうがらし代表取締役。フードコーディネーター。大分大学と日本女子大学で教育学を学び、子育てをしながら中村学園大学大学院にて人間発達学修士を取得。台所だけの建物〈生活工房とうがらし〉を拠点に、食を伝える活動を展開。「ごはんはエール」をテーマに、「百年先まで続くしあわせの食卓の風景」を目指している。現在は“にぎりびと”としておにぎりを握りながら、お米のすばらしさを伝える「ライスツーリズム」の活動に力を注ぐ。                

ー 神谷さんと「n'estate」メンバーの出会いは、東京ミッドタウン八重洲に拠点を構える地域経済創発プロジェクト「POTLUCK YAESU」のオープニングイベントで〈おにぎり神谷〉のおにぎりをいただいたことがきっかけでした。何百人と来場するゲストに、笑顔で握りたてのおにぎりを提供されるお姿を見て、とてもお元気な方だなという印象でした。

神谷さん(以下、神谷):ありがとうございます! イベントのケータリングなどでお招きいただくときには数百個のおにぎりを握ることもあるので、「疲れませんか」とご心配いただくのですが、握ったぶんだけ私もみなさんから元気をいただいているんです。おにぎりを通じて、エネルギーをキャッチボールしているような感覚ですね。

日本で生活していると、日常のすぐそばにあるお米。
〈おにぎり神谷〉では、その当たり前に改めて向き合うひとときを体験できる。

ー そもそも、フードコーディネーターとして活動されてきた神谷さんが、あらゆる“食”の中でお米、そしておにぎりに注目されたのはどうしてですか?

神谷:日本では、お米が貨幣代わりになった時代もあるくらいですから、響かない日本人はいないと思っているんです。当たり前のことになりすぎて忘れているだけで、きっとDNAレベルで刻み込まれている。そんなお米のすばらしさを改めて感じてもらえたらいいなと思い、はじめたのが「ライスツーリズム」です。

ー その最初の地に選ばれたのが、なぜ佐賀県・嬉野だったのですか?

神谷:昨年の1月、佐賀・嬉野の和多屋別荘のワーケーションプランのモニターで1週間、ここに滞在したのがきっかけです。そこで「何かやりたいことはありますか?」と聞かれたときに、日々お客さまにホスピタリティを提供されている旅館スタッフのみなさんのためにおにぎりを握りたいとリクエストしたんです。

佐賀・嬉野で70余年の歴史を持つ老舗旅館、和多屋別荘。
館内はWi-Fi環境も整っており、客室以外にも仕事ができるワークスペースが多数。
        

社長にわがままを聞いていただいて、社員食堂でおにぎりを握らせていただくことに。そこの料理長や厨房スタッフとウマが合って、その2週間後にはスタッフ全員が休みを合わせて、私の活動拠点のひとつである大分の〈生活工房とうがらし〉を訪ねてくれて、食材研究会をするほどの仲になりました。
そんなご縁もあり、和多屋別荘のスペースをライスツーリズムの活動に使っていいですよ、とお声がけをいただいて。
嬉野のお茶の歴史は室町時代までさかのぼると言われる茶処でもあるし、お米をつくる茶農家さんもいるからと、あれよあれよと話が進み、昨年の3月から〈おにぎり神谷〉を展開しています。

ー ものすごい急展開・・・! スタッフの方々を労いたい、応援したいという気持ちから〈おにぎり神谷〉は生まれたのですね。

神谷:私のミッションは「ごはんはエール」なんです。だから、食を通じて元気になってもらいたいという気持ちがあって。私が届けたいごはんは「おいしい」というよりも「しあわせ感」。
飲食店だと、おいしいか、おいしくないかの追求になってしまうけれど、私は落ち着く「ホッと感」を追求したい。お茶を飲んで一息ついたり、温泉に入ったときに漏れるような「はぁ~」って感覚に近いですね。あれって、熱々のおにぎりを食べたときの感じにも共通すると思っていて。分析はできていないものの、出てくるホルモンも一緒だと思っています。しあわせホルモンが言わせているのだろうなって。

高校生の頃には、自分でおにぎりを握ってお弁当に持って行っていたという神谷さん。              

ー たしかに、神谷さんのおにぎりをいただくとお腹も満たされますが、元気が湧いてくる気がします・・・!  「ごはんはエール」というミッションにたどり着くまでに、何かきっかけはあったのですか?

神谷:
そもそもが私、決して料理は得意ではないんです。それでも、三人の子どもたちのお弁当を18年はつくってきました。それも「お米さえ炊けば、なんとかなる」と思っていたところがありますね。
だからお米の魅力をもっとみなさんに伝えたいとか、食べてもらいたいと思っています。私の根本として、お米は私たちのアイデンティティだと思っているからです。

〈おにぎり神谷〉では、おにぎりを手渡しで提供。
「元気を渡したいから、手から手に熱々の伝達がしたい」と神谷さん。 

ただ、そんな子どもたちも成長して、家でごはんを食べる機会が減っていって。毎日のごはんのことをもう考えなくていい、お弁当をつくらなくていいという日をたのしみにしていたはずなのに、ある日、鍼灸院の先生に「うつ病の寸前になっている」って言われたんです。

自分では元気だと思っていたので驚きましたが、食べる人がいるという喜びのなかで私は生きていることがわかったんですよね。食べる人がいないと、私が成り立たない。だから、「どこかに食べる人はいないかな〜」って(笑)。

ー その裾野を広げるために、いろんなところに拠点を持たれているのですか?

神谷:活動の足場を広げたいというよりは、ご縁ですね。出会いです。そして、そこにいる人たちが好きだからですね。例えば、茶農家さんは、新茶の季節はごはんを食べる余裕もないくらい忙しい。私はそれを嬉野を訪れるようになって知り、農家のみなさんの顔が浮かぶからこそエールを送りたいと思うんです。
その土地の背景を知ることに意味がある。土に生きていない人がおにぎりを握っても説得力がないと思っているから、気が付けば多拠点で活動をしていました。

ー なるほど。人との出会いの先に、くらすことの必然性が見えてきたのですね。

神谷:その土地に住む人たちのアイデンティティに寄り添ってみないと、見えてこないことってあると思うんです。だからツーリストではもの足りなくて。旅行で訪れて「おいしかったね」という体験もできるけれど、一歩踏み込んでみると違う世界が見えるということは、しみじみと実感しています。

嬉野に通うようになって、茶師さんたちと交流するなかで知ったことのひとつが、茶農家さんの数だけ味わいがあり、製法の違いで同じ茶葉の味わいも変わること。茶葉を摘みとった時期でも違いますし、茶師さんが私のおにぎりに合わせて淹れてくれるお茶はやっぱり人の心に響くんですよね。私自身がそのお茶に癒されます。

この日は〈永尾豊裕園〉の永尾裕也さんによる嬉野茶とおにぎりのペアリングをいただきました。         

それでも私は嬉野の人ではないので「ライスツーリズム」の活動でも、嬉野で握るときは嬉野茶を提供しますが、長浜に行けば長浜のものを合わせ、栃木に行けば栃木の特産を合わせます。

そこは多拠点で活動している私だからこそ、客観的にその土地のよさを見つけるという役割を担えるのかなと思っています。

>後編は、7月7日(金)公開予定です。

> サービスや拠点について、さらに詳しく。
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Photo: Ayumi Yamamoto 

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