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【昭和初期の医療事情④】風月堂の隣の駄菓子屋を彷彿させる小医院

祖母が遺してくれた曽祖父の論文(昭和10年発表)の現代語訳。

第5章は、医業公営化を実現するにあたっての大まかな手順案と手法案を述べている。

「本案のような類は、地方自治団体の自由意志により実現しうる性質のもの」であって「政府はただ一定の方針を定め、この助成に努めれば、自然に発達し得るもの」と本質を突いているのが興味深い。

第6章は、反対勢力となりうる都市在住医師に向けたメッセージ(懐柔対策)だと思われる。

第7章は、「医業『国』営化案」に対して、「医業『公』営化案」の方がより現実性や利便性において長けている点を述べている。

第5章 実行方法

先の政府は法律において「医業公営法」を制定し、現存する関係諸法規は必要に応じて改廃している。府県は府県令をもってその施行細則を規定している。

内務省は府県に命じて、管内市町村の人口、現在の医師数およびその配置状況を調査し、人口に応じて必要な医師数を定める(人口1500~2000に対して医師1人)。医員は土着医師を採用する方針を採り、各医師に対し「公営実施の暁には、ここに就職するかどうか」の回答を求め、その採用人員を定めていく。

なお市町村によっては地理的・交通的事情により、まずは隣接町村と合同して組合を作り、組合立市町村医院を設置することを推奨する。このようにして町村またはその組合内に現存する医院のなかで、適当な医院を公営医院に提供するよう交渉する。賃借・譲渡の方法を講じるか、または組合内のエリアに医院を新設するようにする。

中規模以下の町村が医師一人を有する小医院を持つよりも、統合して医師2人以上(内科及び外科)を有する医院を持つ方が、治療上、その他においても、大きな便益があると信じる。このようにして建物と医員とを得れば、市町村医院は成立する。

府県病院もまた上記のような方法で既存の官公私立病院の中から適当な施設を選び、この譲渡を交渉し買収するかまたは新たに建設する。医長並びに医員は、治療技術に堪能な臨床家を選ぶ。こうして公営病院の輪郭は整う。あとは内容の充実と設備の完成だ。

この実施は、5~6年の準備期間を置いて全国一斉実施の方法をとるか、希望する市町村より順次認可のうえ実行していき一定期間内に完成する方法をとるか、いずれか当事者の研究に判断を委ねたい。本案のような類は、その実施にあたって必ずしも画一的に強制する必要はない。地方自治団体の自由意志により実現しうる性質のものであって、政府はただ一定の方針を定め、この助成に努めれば、自然に発達し得るものである。

第6章 公営に従事しない医師をいかにすべきか

我が国の医師数は、昭和5年末調査によれば、総数49,681人である。そのうち診療に従事する者が45,582人、医師一人につき人口1400人の割合となる(その後医師及び人口の増加により割合には変更が生じている)*。しかし、医師の配置は不均衡で、都市に集中する一方で、山村僻地では不足しており、全国を通じると医師不在の町村は3,200あまりに達する、しかし中規模な町村はおおむね1~2人の開業医を有しており、人口比にするとだいたい適切な配置を取っている。

公営化を実施するにあたり、人口1,500~2,000人に対し医師1人の割合と見積もり、これを平均に配分するには、都市の過剰医師をいかにすべきかが課題となる。

そもそも医師はなぜ都市に集中するか。これは優雅な都会生活への憧れだけで赴くのではない。小さな医院も、都市では相当に繁盛するのだ。それはあたかも風月堂の隣の駄菓子屋が繁盛する様に似ている。医業はデパートと小売業の関係と異なり、患者の精神作用に基づく相縁奇縁(あいえんきえん/人と人の気が合うのも、合わないのも全て不思議な縁によるものだという事)の不可思議な方法によって医を選ぶもので、必ずしも病院の大小や遠近、薬価の高低だけの問題ではない。

公営化を実施して、都市に区立病院、府県に府県病院及び市町村医院を設けたとして、これらは、他の地域より来た医師が、現住する医師の中に割り込むわけではない。多くは現住する医師が従事することになる。つまり医師数に増減をもたらさず、これがゆえに現住する医師の営業に脅威をもたらしたり、失業医師を生み出すようなことが頻発するとは思えない。むしろ憂慮するのは、現在都心において相当の地位を有する開業医師は、一定の給料に甘んじて公営に就職を希望する者は案外少なく、所要数に達しないかもしれないといったことだ。

医業公営は、全ての医師を強制的に公営に就かせるわけではない。全国に医療機関を普及・充実させるために、必要な数の医師を公営に就かせるものだ。そのほかの医師は各自好むところで営業上何の脅威を感じることもなく、従前通り活動することができる。この案を医業一部公営論と称するゆえんである。

*補足:参考までに現在の医師数は、人口10 万対医師数が240.1 人(平成28年厚労省:医師・歯科医師・薬剤師調査の概況より)なので、ざっくり計算すると人口1,000人あたり医師数は2.4人。医師1人あたり、人口417人となる。

第7章 医業公営と医業国営

世に医業国営を主張する人がいる。医業国営はもちろん可能である。しかし現在の制度は、医業制度創設時より、明治の大改革を経て、少しずつ進んできた制度なので、急に純然な国営に変更するのは様々な点において困難である。莫大な経費がかかること、制度の大改革が必要なことを考えると、現実的ではない。たとえ、その困難をもって、国営を実施したとして、その成果は必ず善良であるとは断言しがたい。

これに対して医業公営は、個人経営の医業を公法人経営にするものであり、個人商店が合資会社に変わるようなものである。もしその結果が良くなければ、その改変もまた容易である。このため私は理想的な国営に進む一つのトライアルとして、まず実行しやすい公営を施行し、少しずつ改善を加え、十分な成果を得られるようになってから、徐々に国営へ移行していくプロセスをたどれば、国営化も容易となる。まして、公営実施では、現在行き詰まっている医療上の諸懸案が改善される効果も見込めるのである。

だいたいにおいて、制度の改革組織の変更は、社会の歴史的進化の過程に順応して、少しずつ行うべきものであって、急進的に新制度を立てようとするのは危険である。医療制度も同様で、その歴史的発展の跡に鑑み、穏健な漸進(少しずつ進むこと)主義をとるべきである。

我が国には特有の人情・風俗・習慣がある。維新の改革は主に西洋の模倣によるものだが、今や西洋模倣時代は過ぎ去ってしまった。我が医療制度は、我が国民の生活、経済、風俗習慣にピタリと合致する日本独特の制度にするべきであろう。

次の章では医療制度に大きく関係する、医育について論評を試みる。

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■次回は「第8章 医育について」です。

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日本公衆保健協会10周年記念応募懸賞論文(第一等)本邦医療制度論

日本公衆保健協会雑誌第11巻第1号(昭和10年1月発行)

【目次】

第1章 緒論

第2章 現代の医相

第3章 衛生上の自給自足 

第4章 医業一部公営論 

第5章 実行方法 ☚今回はココ

第6章 公営に従事しない医師をどうするべきか ☚今回はココ

第7章 医業公営と医業国営 ☚今回はココ

第8章 医育について

第9章 結論

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