見出し画像

#040.アンサンブル 2(アンサンブルの基礎練習)

前回の記事よりアンサンブル(室内楽)について書いております。前回の記事もぜひご覧ください!


アンサンブルの基礎練習

アンサンブル(室内楽)を吹奏楽合奏の延長線上に置いてしまうと、辻褄が合わないことがたくさん出てきてしまいます。前回の記事でもお話したようにアンサンブルでは指揮者がいないために、奏者の担う仕事や立場が大きく異なります。
ですから、アンサンブルの練習方法についても吹奏楽の練習とは異なるアプローチで臨みたいところです。

「室内楽の練習をしよう!」とメンバーが集まってまず最初に訪れる違和感は、

「え?誰が進行するの?」
「どうやって曲を完成させるの?」

これです。
全員黙っていても始まらないわけで、部活動ではなんとなくいつもの流れから先輩が進行役になって、どこから始めるだとか、この部分が合ってないだとか言うようになり、そしていつの間にか指揮者兼指導者に就任しているという構図が完成します。

しかし、前回の記事をご覧いただくとわかるように、アンサンブルの場合は誰かが指揮者・指導者役になってしまうことで「指示(提案)する人」「それを黙って受け取る人」と役割分担が発生してしまい、奏者同士のパワーバランスが均一でなくなってしまうのです。

一般バンドでもこの状態は起こりやすいです。アンサンブルは奏者全員が演奏によって主張や提案、賛成、同調し、そのメンバーでしか作れないユニークな演奏をするのが楽しいので、そもそも言葉でああだこうだ言って曲作りをするスタイルは避けるべきです(前回記事参照)。

ではどう進行すると良いのでしょうか。

今回はそれらの問題を解決するため、まずはアンサンブルの基礎練習のひとつの提案をします。

コール&レスポンス練習

まず必要なのは「方向性」を定めることです。今回一緒に演奏するメンバー全員の方向性を一致させます。それぞれがみんなの個性を理解して、受け入れ、寄り添っていく、と言ったイメージです。

そのために有効な練習が「コール&レスポンス」です。

ところでコール&レスポンスって聞いたことありますか?よくポップスのライブで、歌手がアドリブで歌ったメロディを即座に客席全員が同じメロディを歌って返す、というもの。

これをアンサンブルメンバーでやりましょう。あ、楽器でね。

具体的な方法

ひとり代表を決めます。そして、代表が演奏したメロディと同じものを演奏します。ただ、これでは可能性が無限にありすぎて難しいので、条件を極限までシンプルにします。例えば、

[条件(例)]
1. B durの音階固有音(B,C,D,Es,F,G,A)のみ使用
2. ゆっくりしたテンポで4/4拍子1小節(ただしメトロノームは使用しない)
3. 4分音符以上の音価のみ
4.全部スラー

など。これだったら初心者の人がいてもできそうですよね。

そして、この条件に沿ったメロディを代表の奏者が演奏し、代表以外の奏者ができるだけ同じように演奏を返します。代表は少しずつ音の高さを変えるなどして交互に演奏し続けます。

最初のうちはできるだけ同じリズム、同じパターンのメロディを採用したほうが良いでしょう。また、アンサンブルをする上で、自分の体や頭の中にあるテンポ感を育てることも重要な要素のひとつなので、この練習では敢えてメトロノームは使用しません。

1セットが終わったら(気が済んだら)代表者を交代し、行います。

なお、今回は代表とそれ以外のメンバーの構図になっていますが、ひとりずつ順番にリレーをしていくのも良い練習になります。ただ、時間がかかるので臨機応変に内容や方法を変えていってください。

コール&レスポンスの効果

演奏者は通常、基本的には楽譜を見て演奏する習慣があるので、どうしても「楽譜から音楽が生まれる」と思いがちです。だから楽譜に書いてあることを正しく演奏しよう、ミスしないようにしようと意識するあまり、その行為がまるで機械的な「作業」のようになってしまい、耳が閉じ、自分の殻に閉じこもった演奏になりがちです。合奏で本来すべきである「みんなでひとつの作品を完成させていく」という大テーマを忘れがちなのです。

そこで、楽譜もメトロノームも使用せずに、その場で生まれたシンプルなメロディをみんなで共有することで、音楽を強く感じる力を養います。これは代表者もそれに応える他全員もそれぞれが緊張感の中に行う音楽的な基礎練習になることでしょう。

アンサンブルの原点は奏者それぞれがきちんと音楽を主張しつつも相手の音楽も受け入れ、尊重し、寄り添っていくことで生まれてくるのですから、コール&レスポンス練習は大変効果的であると考えています。

テンポはもともと存在しているもの

この練習の特徴のひとつは演奏中にメトロノームを使用しないことです。そもそもテンポというのは楽曲のメロディやフレーズが元々持っていて(作曲者がイメージしたテンポというものが備わっていて)、それを奏者が演奏する際に様々な情報から生み出すものと考えているので(多くの人は絶対的なテンポの中に音楽をはめ込もうとしてしまっている)、メトロノームの機械的な反復こそが音楽的なメロディを生み出す邪魔になっているのです(ただし、絶対的なテンポをキープする技術や、そうした基礎訓練は大切です)。

今回紹介しているコール&レスポンスの練習では、音楽の基本となる要素はすべて奏者から生み出してほしいので、メトロノームは敢えて使わず、それぞれの持っているテンポ感を主張し、そして寄り添っていくアンサンブルの基礎力も身に付けたいのです。

しかし、基準となる要素が何もないと、大勢でタイミングを合わせるのは難しいですから、視覚的アクションを奏者全員で出します。それが「アインザッツ」です。

アインザッツ

アインザッツとは、簡単に言えば指揮者の演奏開始直前の空振りです。重たい荷物を2人で持とうとする時「せーのー」とか、「ジャーンケーン」と言うあれもアインザッツと同じものです。

音楽ではお客さんがいる前で出だしのタイミングを合わせるために「せーのー」と声を出すわけにはいきませんから、練習時から体の動きでそのタイミングを表現します。今回の練習の場合なら演奏開始前の小節(代表が演奏し始めた)3拍目でほんの少しだけベルを下げ(「せーのー」の「せー」)、4拍目はその反動でほんの少しベルを上げることで(「せーのー」の「のー」)、それが合図やテンポの目安になります。これがあるだけで演奏者は集中し、安心して音を出すことができるのです。

アインザッツを出す際、アクションが非常に大きい奏者がいます。できるだけわかりやすく出そうとするその気持ちは素晴らしいのですが、残念ながら大きければわかりやすいわけではありません。大切なのは的確さ。集中した無駄のない動きです。
アインザッツの動きを学ぶには、素晴らしい一流の指揮者の動きをイメージしてください。アインザッツを出す前に一瞬ピタっと静止しているのがわかります。もしもアインザッツを出す前にフラフラと棒が動いていると、どこが本当の合図なのかがわからなくなり、演奏者の集中力が散漫になってしまいますし、最悪の場合出だしから崩壊します。

アインザッツを出す奏者は楽器を構えたら全員の演奏準備が整うのを目で確認し、一方で準備が整った奏者は各自アインザッツを出す奏者に対して目で合図をします。次にアインザッツを出すわけですが、合図の動きはその曲想に合わせた雰囲気やおよそのテンポを伝える意思を持ちつつも、ほんの少しの動きで十分です。意思が明確であれば動きは小さくても絶対に伝わります。その際、頭や心の中にこれから演奏する音楽が具体的に常に流れている必要があります。決して「こんな合図を出せばわかってもらえるかな?」と動き方ばかりに意識を向けないように、また、受け身の発想にならないように注意してください。受け身の姿勢では音楽は何も伝わりません。

アインザッツの上達には、先ほどもお話ししたように指揮者の動きを学ぶことや、たくさんの室内楽の演奏を動画やコンサートホールで鑑賞することが最も直接的です。また、オーケストラの指揮者のすぐ横にいるコンサートマスターはオーケストラのまさに奏者代表なので、じっくり見ていると、常にアインザッツをオーケストラに出しているのがわかります。コンサートマスターは第二の指揮者です。

より高度な内容にする

コール&レスポンスの流れに慣れてきたら、少しずつ内容を変えて難易度を上げてみましょう。

例えば、半音も含めるとか、8分音符まで使ってみるとか、テンポを速めてみたりタンギングの箇所を含め、ダイナミクスやアーティキュレーションを入れてみるなど。ただし突然難しくしすぎると集中力が音楽的な部分ではないところに偏ってしまうので、練習になりません。その辺りはバランスを考えて実践してください。

「次回はCdurでやります」など予告しておくのもいいですね。調性をあらかじめ決めておけばそれに向けて個人でスケール練習や調の勉強などを積極的に行うきっかけにもなります。

出題する側(以下の楽譜では「代表」と書いてあるパート)は、様々な表現を出して構いませんが、それが誤解なく他の奏者(楽譜での「アンサンブル)と書いてあるパート)」に伝えられる力を求められます。自分が思った以上に大げさに、そして明確に演奏しないと意外と伝わりません。演奏は常に客席で聴いてくださる方に伝わって初めて成立するので、その表現力の明確さを身につけるにもこの練習はとても良いものとなります。

代表者の演奏パターンは常に同じでなくとも構いません。例えば、突然1回だけ違うメロディパターンを織り込む、というもの面白いでしょう。そうしたトラップのような存在があると集中力が身につきます。

難易度が上がるにしたがって気づくことも増えます。例えばトロンボーンの中には吹奏楽部などでは特に多いのですが、F管という迂回管が付いていないテナートロンボーンという種類があります(F管がついているのはテナーバストロンボーンと呼ばれます)。テナートロンボーンの特性として、下のC音やH音あたりはたくさんスライドを抜かなければなりません。B durを演奏したらおのずと6番ポジションを多用することになり、物理的に速いパッセージをこの音域で演奏するのはかなり難しい可能性があります。また、ホルンは実は音域的にBdurは少し鳴らしにくい低めの音域で、もう少し高い音域のほうが演奏しやすいかもしれません(シングル管だとなおさらです)。結果、F durのほうが演奏しやすい可能性もあります。

そうしたことも実践しながら知ることができますし、様々な楽器の音に耳を傾けられるようになっていきます。 

いかがでしょうか。アンサンブルは演奏者しかいない環境で曲作りをするわけですから、言葉よりも強いイメージを持った意思のある演奏で会話をして欲しいのです。その導入として、まずは徹底的にユニゾンを練習するコール&レスポンスを紹介しました。

アンサンブルの練習といえば曲の練習ばかりになりがちですが、合奏や個人練習と同じく基本をまずしっかりしたものにする基礎練習をたくさん行ってください。

では、次回は曲練習の方法や考え方について解説してまいります。引き続きご覧いただければ幸いです。


荻原明(おぎわらあきら)

荻原明(おぎわらあきら)です。記事をご覧いただきありがとうございます。 いただいたサポートは、音楽活動の資金に充てさせていただきます。 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。