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ショートショートバンク

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ショートショートを書きたい気持ちになったときに書いたショートショートを、置いています。
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#ショートショート

ショートショート『寝言師』

ショートショート『寝言師』

寝言師がSNSで話題になり出したのは、いつ頃のことだったろう。

彼女は30代くらいの女性で、身長は155センチくらい、基本的に地味な色の服を着ている。平日の昼間にしばしば地下鉄を利用しており、端の座席が確保できると、ゆるくパーマのかかった長い髪を垂らして眠り始める。

あるとき寝言師の隣にいたのは、二人の主婦だった。
年老いた母親の大切にしていた指輪がなくなった、ないのだと本人に話しても認知症が

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帽子屋

帽子屋

戦いに勝つには、無駄を省かねばならない。

砂糖菓子の人形、パーティドレス、椅子やたんすや書棚の彫刻。九月より、機能に関係ないものはすべて余計とみなされ、禁じられた。八月までの移行期間には、そうしたものを所持していても口頭注意を受けるばかりであったが、とうとう贅沢狩りが始まった。警察に発見された「余計なもの」は、革の袋に放り込まれるか、車に積まれるかして、全て運ばれていく。ひどいときには、持ち主ま

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アーモンド

アーモンド

村を見下ろすその丘に、アーモンドの木が一本生えていた。
木の西側には五人の年子の兄弟が、木の東側には五人の年子の姉妹が住んでいた。
ガーラとゴーガ、レーシャとルスランカ、セーリャとラリオンカ、ナータとパーフマ、ノーナとシーマは、それぞれ同じ歳だった。
十人はみんな、三月一日生まれだった。

名誉ある兄弟の仕事は、彼らの十三の誕生日にアーモンドの花を沢山咲かせることだった。乾いた風の吹く村で、花見は

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それじゃあ、19時に渋谷で

それじゃあ、19時に渋谷で

中国系アメリカ人のブライアンは、自分の黄色い肌の美しさを誇っていた。

女性経験は、人よりも多い、と自負があった。
相手が微かにでも好意を匂わせれば、大体はベッドまで漕ぎ着けることができた。手や腕を褒めてくれる女が多かった。自分でも気に入りのパーツだから、当然だとも思っていた。

SNSで知らない女に声をかけるために、必要最低限の自信は持っていた。

その女は、海で撮った写真をアイコンにしていた。

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大安の色

大安の色

対戦型の結婚式が流行している。

結婚式自体のメソッドは、あまり変わらない。
ただ、同じ会場で、二組が結婚式をするのだ。

どちらのチームの所属なのかひと目でわかるように、イメージカラーは統一しなければならないことになっている。新郎新婦の衣装から卓上花、招待状から皿の色まで、すべてイメージカラーで統一しなければならない。「うっかり相手のチームのイメージカラーを身に着けて会場についてしまった招待客の

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扇風機の観光

扇風機の観光

猫も、杓子も、クーラー、クーラー。扇風機はムッとして、仕事を辞めて旅に出ることにした。

いつも、冬は暗くて狭い場所にいた。せっかく初めての開放的な冬だから、とびきり綺麗なところに行きたくって、そうだ、ウィーンなんてどうだろう、と扇風機は考えた。

なのに、どうだろう。ウィーンまで来てみたら、毎日毎日、曇りか雨か雪。

結局暗いじゃないか!

気分転換に来たのにストレスばっかり溜まるから、扇風機は

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エスニック・ジョーク

エスニック・ジョーク

「ええ、ほんとに?」

「馬渕も調べてみればわかるよ」

素直な馬渕は、スマートフォンに入力する。

クリスマス カップル エキストラ

するとどうだろう、求人広告の群れだ。

【急募!カップルエキストラ】一人参加もOKです!

【高時給バイト】カップルを装って、街を彩りませんか?

【人気アルバイト】カップルエキストラってどんな仕事なの?時給は?

「街で目にするカップルの、そうだな、大体7割は

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会話のリフォーム

会話のリフォーム

金で買えないものは、昔よりも更に減った。
俺たちは、放った言葉と、それにまつわる歴史すら、書き換えられるようになった。耳を揃えて、代償さえ払えば。

会話のリフォームは、まあ、安い買い物ではない。修正したい会話の文字数、かけることの、言葉を放ってから経った時間、かけることの、その会話に関与した人数。それで、費用が決まるらしい。

見積もり金額は、給料約3ヶ月分だった。

4文字、かける、2人、かけ

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必ず、物語を『意外』にする方法を手に入れた!

必ず、物語を『意外』にする方法を手に入れた!

今回は物語でなく、「なんで私がショートショートを書き出したか?」について、書きます。

それはですね、田丸雅智さんの『たった40分で誰でも必ず小説が書ける超ショートショート講座』を読んだからなんですね。

(↑私は増補新装される前のを読みましたが…)

もはや自己啓発本だと言っていい!すぐに、挫折なく、書いてあることが実行できるので、爽快でした。

ちょっとした感動を覚えたので、本で紹介されていた

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終わらない夜販売機

終わらない夜販売機

毎日祈ったからか、人に親切にするように心がけたからか。どれがよかったのかは、わからない。

とにかく、私の目の前には、「終わらない夜販売機」がある。

終わらない夜販売機の噂は、Twitterで読んだ。情報を集約すると、およそ以下のような内容であった。

・一見、飲料の自動販売機のように見えるが、並べられているのは全て、文字も絵もかかれていない、黒い缶である。
・販売機に120円を入れると、購入ボ

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ハワイと引き換えに

ハワイと引き換えに

宝くじ?あんなのは、いけないや。だって、当たるかどうかわからないんだろう?絶対に当たるものじゃなくちゃ、身銭を切る意味がねぇよ。

じゃあ、何がいいかって?馬鹿言っちゃいけねぇ、お前だって見たろう?あの角の、「マハロ」っていう店をさあ。店というか、事務所というか…、まあ、なんだっていいや。

なんでも、指定された記憶を差し出せば、ハワイ3泊4日の旅と引き換えられるんだとよ。差し出すって、何かって?

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花咲かアイドル

花咲かアイドル

サキの顔の真ん中には鼻がない。
その代わりに、花がある。

サキは、20歳。女性アイドルだ。元々、二人羽織アイドルとして売り出される予定であった。前方のサキが顔を出し、後方のマネージャーが手を出す。バラエティにも対応できるアイドルとなることを、期待されていたのだ。

しかしある日、サキが目覚めると、彼女の鼻がなくなり、花になっていた。
その花は、ほとんどの時間、しゅんとしていた。後日、マネージャー

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人食いボート

人食いボート

縁結びで有名なボートが、とある公園にあった。
そのボートの上で告白をすれば、100%カップルになれるという。
ボートの噂を知らない者はほとんどいないから、その気がなければボートに乗らないわけで、100%成功して突然、と鼻を鳴らす者もある。
しかし、深窓の令嬢や長年の外国暮らしが相手であっても、必ず結果は同じになる。まじりっけなし、ずるもなし、純粋に、完全なのだ。

そんな無敵のボートだが、一つだけ

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フォルティッシッシモ・ライブラリ

フォルティッシッシモ・ライブラリ

北町にある私設図書館の入り口には、「利用者の皆様へ」から始まる、以下のような文章が貼り出されている。

「ハナビシ図書館で読書をされる際は、必ず(以降、句点まで傍点)、音読をしていただくこととなっております。音声エネルギーはマイクに集められ、変換されて、館内の電力として使用されます。利用時間に応じて、皆様にご提供いただく音声エネルギーの量が定められております。必要なエネルギー量に達しなかった場合は

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