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花咲かアイドル


サキの顔の真ん中には鼻がない。
その代わりに、花がある。

サキは、20歳。女性アイドルだ。元々、二人羽織アイドルとして売り出される予定であった。前方のサキが顔を出し、後方のマネージャーが手を出す。バラエティにも対応できるアイドルとなることを、期待されていたのだ。

しかしある日、サキが目覚めると、彼女の鼻がなくなり、花になっていた。
その花は、ほとんどの時間、しゅんとしていた。後日、マネージャーと握手をしたときだけ、生き返ったように咲く、ということがわかった。
悲しむサキをよそに、事務所はこれを喜んだ。「いい客寄せになる」

仕事で二人羽織をするとき、サキは左手を外に出して右手を布の中に入れた。マネージャーは反対に、右手を外に出して、左手を布の中に入れた。
ファンと握手をするとき、布の中でサキとマネージャーは手を繋いだ。すると、サキの花は瞬時に張りを取り戻し、ファンは、ほぼ100%、きゃあきゃあ言って、喜んだ。
他と違うことを求めるようなファンがやってきたときは(着ている服などで、その雰囲気はわかるものだ)、握手をするときも花を枯らしたままにした。ファンはにやりと笑い、その様子を写真に収めて、SNSで自慢した。

緩急をつけたファンサービスが受け、このパフォーマンスは「花占い」と呼ばれるようになった。目の前のファンに対するサキの「スキ、キライ」が花の勢いに影響する、という噂が広まり、おみくじを引く感覚で、多くの人が握手会に押し寄せるようになった。

実のところ、サキとマネージャーは、このパフォーマンスを始める前から、付き合っていた。マネージャーが女性だったこともあり、マスコミが二人の関係を怪しむことはなかった。

サキは、「好意を寄せている人に触れられたとき、花が咲くシステムになっているのだろう」と考えていた。付き合っているとはいえ、マネージャーが既婚者だったこともあって、サキに触れることはほとんどなかった。だからサキは、いつも握手会を楽しみにしていた。

ある日、マネージャーから、別れが切り出された。夫の仕事の都合で、外国に行くことになったと、マネージャーは淡々と告げた。
マネージャーと過ごす最後の日、サキがもう一度だけ手を握ってほしいと頼むと、マネージャーは断った。
「私たちは、もう十分、互いの手の感触を知ってるでしょ?」
そんなことを言うのに、餞別に、とマネージャーは朱色のストールをくれた。サキが最初にテレビに出たときに、スタイリストさんが選んでくれたものだ。
忘れてほしいのか、ほしくないのか、どっちなんだ、と、ベッドに顔を埋めて、サキは泣いた。

仕事に差し支えるから、泣くのもほんの少しにしなくてはならない。気持ちを切り替えて、どうやってまた花を咲かすか、考えなくては。水でも飲んで、気持ちを落ち着けよう。

2階の自室から1階へ下りていくと、母親が「ぎゃあ」と声をあげていた。どうやら、熱い鍋に触れてしまったらしい。サキが保冷剤を布に包んで、母の手に乗せると、花が久しぶりに開いた。

「え…?」

試しに、ソファで爆睡している父の手にも触れてみる。やはり、花が開いた。

洗面所で歯を磨く弟の手にも触れてみた。こちらは、何も起こらなかった。

サキには、予感があった。

***

その後、小学生がサキの真似をして、鼻の穴に花を入れた事件がPTAの批判の対象となり、サキは芸能活動を終えることになった。

しかし、サキは前向きな気持ちだった。自分にしかない特技を活かして働けるなら、こんなに誇らしいことはない、それは何もアイドルでなくてもいい、と考えていた。

その仕事とは、「探偵」。
サキの花は、既婚者の手に触れると必ず開く。未婚を装って浮気をする人が、あるいは人を騙そうとする人が、世の中にはこんなにいるのか、とサキは驚いた。

時の人だったサキも、結局世間が覚えているのはその花だから、マスクをして化粧をすれば、目立たない。

後でロッカーに預けることになるのはわかっているのだけど、自らを鼓舞するために、あるいはもしかすると、省みるために、サキは今日も、朱色のストールをぐるぐる巻きにして、出かける。

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