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140字小説集

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昨日虹を見た。隣の息子はへえ。薄い反応。だけど今朝、寝ぼけ眼で「虹の夢見た」と笑った。虹は橋で渡ったら宝箱をもらえてね、浦島太郎の玉手箱の逆で子どもになる煙が出てきて、僕は子どもだから赤ちゃんになってお母さんのお腹の中まで戻ってまた生まれてきたの、楽しかったよ。雨みたいに泣いた。

イルカが高く舞うのを観ていたら、なんだか俺も跳べる気がしたんだ。最近落ち込んでいた様子だったからと水族館に連れて行ったことを完全に後悔した。翌月曜、皆が羨む大企業に辞表を出して、彼は酒蔵の弟子になるのだって。死んだ目のまま側にいてくれたらよかった。知らねえよ、跳べよ。いっちまえ。

行きつけでもない美容室に足を運んだのは、二度と会わない相手なら言えるかと思ったのだ。「おまかせします」と。「要望とかは…」「何も。一切私の意見を入れたくないんです」誰かに壊してほしかった、つまらない私。「…ダメですかね。似合うと思ったんですけど」鏡の中には、いつもの延長線上の私。

付き合って初めて訪れた彼女の家は動物のぬいぐるみで溢れていた。「可愛いね」と言ったら「うつくしいんだよ」と訂正された。「今度動物園行く?」と聞いたら「狭いところにいるのを見ると悲しくなるから」と断られた。「野性の観よっか」とアニマルチャンネルを一緒に鑑賞した。動物に詳しくなった。

「今時のかき氷はシャリシャリしてないんだって。ふわふわしてるんだって」「へえ」旦那の返事はほぼこの二文字に収束する。もっとなんかないの。じゃあ一緒に食べに行こうかとか。わたしの話、ちゃんと聞いてよ。数日後、宅配便の箱が届いた。「…かき氷機?」「家でもふわふわできるって」聞いてた。

桃農家の幼なじみから桃が届いた。昔はよく手伝ったものだ。高三の夏、茹だるような暑さのなか『ずっと桃もぎろうよ。一緒に』と言われ『いやだ』と答えた。ずこーとやつは項垂れてそれから笑った。わたしは東京の大学に進学した。やつに似ない三人娘のアイコンを押す。『多いわ』『笑』桃は美味しい。

「たとえばさ、タピオカとカエルの卵ってすごい似てるじゃん?」「たとえ話下手すぎじゃない?」「えっ」「普通に気持ち悪くて先聞きたくないわ」「せっかくわかりやすく説明しようとおもったのに」「気持ち悪いことしかわからなかった…で、なんの話?」「俺、おまえのこと友達じゃなくて好きみたい」

中学二年、初恋だった。見つめるしかできずに終わった——はずが、私たちは出会い恋に落ちた。『夢』の中で。時を重ねて、十年後。同窓会会場ではにかむ彼の左手に指輪を見つけた。その夜、夢の中の彼は私にプロポーズ。「君に出会えなかった人生を想像できない」笑って、起きた。それが私の人生です。

浮気されていたとおもったら、わたしが浮気相手でした。とても寝つけない夜中、アイツにもらったマグカップを叩き割ってやった。みじめなわたしのちんけな復讐は失敗する。破片を前に涙が止まらない。可愛くてお気に入りだった。毎朝これでコーヒーを飲んだ。代わりなんて誰もなれないはずだったのに。

朝霧で世界がかすんで見える。このまま自分も溶けてしまえそうな気がした頃に、「早起きなんだな」我に返った。祖父がコーヒーを片手に戸の前で立っている。「べつに」YESでもNOでもない言葉を残して、部屋の中に戻ろうと足を踏み出した瞬間、頭上を大きな鳥が羽ばたいた。「新入りを見に来たな」

五時を告げるけたたましい音楽が町に流れた。カズの目線が泳いだのに気づき笑った。「帰りたいなら帰れば」「そんなこと一言も言ってないだろ」そうだな、思っただけだ。俺が気づいてしまっただけ。「行くよ」頭の中じゃ警報が鳴り響いているだろうに。「だから……大丈夫だよ」そう言いたいがために。

振られた。勝率高いとおもって皆に言いふらすんじゃなかった。励まされるとみじめさが増す。二度と学校に行きたくない気持ちで帰り道、後ろから声。「カラオケ行く?」わざわざ追いかけて来てそれかよ。「…行く」誘っといてどれも調子外れな真波の歌。せつなさ満点のサビ、なんか笑える。泣かせろよ。

「特技…人ごみで、ひとにぶつからずに歩けることですかね」はずれの合コンで出会った、はずれの男。「渋谷でも?」尋ねると、初めて男の瞳に私が映った。「…渋谷でも」解散の合図で晴れ晴れと散る女子の群れから離れ、振り返る。すいすいと人の間をすり抜けて、瞬く間に見えなくなる影を目で追った。

スカイツリーに勝手に対抗心を燃やした僕らは、その夜さして意味もなく東京タワーにいた。「あそこ全部に人がいると思うと発狂しそう」「なんで。尊いじゃん」星屑のような灯、チカチカ。すべての灯に僕がいて、きっとどこにも僕はいない。「…なんでここにいるのかな僕は」「スカイツリーのせいだろ」