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小説

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うまれた小説あつめてみる。
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猫と店員。を、見てる俺。

ここに越してきてよかったと心底思う。

四階建てのアパートで各階横並びに四部屋。
階段が一ヶ所にしかなく、そちらを手前とすると、その三階の一番奥が俺の部屋だ。

一人暮らしだから、誰に気を遣うでもないが喫煙者の俺はよく玄関の前でタバコを吸う。
ベランダは大概洗濯物が干してあって狭いのだ。

玄関の前でタバコを吸うようになって、しばらく経ってから気付いたことがある。
その時間帯に、裏のスーパーの店員

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瞳。

瞳がよく見える距離で見つめ合った。

瞳の色が懐かしくて

優しい眼差しが懐かしくて

気付いたらあなたの頬に手を添えて言っていた。

「おかえりなさい」

なんでこんな言葉を口にしたのだろう?

無意識に出た言葉に私は驚いた。

あなたも一瞬驚いて、目をぱちくりさせた。

けれどすぐにまた優しく見つめてくれて

「ただいま」

と、返してくれた。

その一言が嬉しくて私の瞳から涙が溢れた。

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松野さんと河合さん7

「河合さんが残業なんて珍しいですね」

一緒にお店を出た、塚本さんが言う。

「そうですね。私も久しぶりに残業しているの見ました」

「明日、河合さんお休みでよかったですね」

「確かに。明日も仕事だと思うと私は残業したくなくなります」

「私もです」

そんな話をして、私と塚本さんは車に乗り込んだ。

キーボードを打つ音だけが響いている。

存在感を出来るだけ消して、私は河合さんの視界に入ってる

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松野さんと河合さん6

いつものように河合さんの後ろを歩く。

さっきまで河合さんの副流煙をもらっていた。

いつもと同じ匂い。

でもどうして私達は水族館に来ているんだ?

「河合さん、水族館好きなんですか?」

「あんまり来たことないです。でもくらげ見せたくて」

「くらげ?」

私の頭の中に朧気なくらげがぷかぷか。

同じくらいクエスチョンマークもぷかぷか。

「松野さん今日元気なかったですよね?」

だからくらげ

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松野さんと河合さん5

閉店10分前。
お店の通路を端から端まで歩いて目的の人物を探す。

「いた!」

思わずいつもより大きな声を出してしまったようで、しゃがんで商品を陳列していた人物は、ビクッと動いた。

「松野さん、びっくりさせないでください」

「すみません…」

「まぁ、お客さんがいなかったからよしとしましょう」

そう言って立ち上がった人物は河合さんだ。

「それで?僕を探していたんですか?」

「あ、そうで

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松野さんと河合さん4

あ、松野さん。

近くの銀行に入金へ行ってきた帰り、お店の前で松野さんを見つけた。

夕方から夜になったばかりの薄暗い時間、松野さんは空を見上げていた。

「松野さん」

「あ、河合さん。おかえりなさい」

声をかければすぐにこちらを見てくれた。

「ただいまです。何してたんですか?」

「月を見ていました」

松野さんがまた空を見上げ、その先を指差す。

つられるようにそちらを見れば、あと数日で

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松野さんと河合さん3

今日は河合さんがお休みだ。

昨日ちょっと顔赤いなーと思ってはいたが、やっぱり風邪だったらしい。

今日の朝一でお店にお休みの電話をかけてきた。

だから今日の私は、真面目に働いている。

いや、いつも真面目だよ?

ただあんな風に気軽に話せる人がいないので、仕事の会話か、同僚に話しかけられた時に話す程度しか会話をしないから、いつもよりは真面目に見えているはずだ。

多分、おそらく、きっと。

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松野さんと河合さん2

うーし今日も働くかー。

左肩に右手を置いて、左腕をぐるぐる回しながら店内事務所を目指し歩く。

店内事務所が近づくにつれ、なんだかいい匂いがしてくる。

こんな柔軟剤の人いたかなー?と、小首を傾げつつパーテーションで区切られただけの店内事務所に入る。

「なんだ、河合さんか」

「第一声がそれってひどくないですか?」

パソコンに顔を向けたまま、視線だけをこちらに向けてきた。

「あ、お疲れさま

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松野さんと河合さん1

お疲れさまでしたー。

と、気の抜けた挨拶をシャッターの閉まったお店の前でするのが恒例だ。

それから数人で駐車場に停めてある車まで向かう。

各々の車に近づいた時にもお疲れさまでしたー。と、さっきより幾分元気なトーンで言うのもなぜか恒例である。

「松野さん」

同僚に呼び止められて、振り返る。

「なんですかー?」

あれ?何でこっち側にいるんだ?と思ったら、頭から停めてたのか。

自分はいつ

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