松野さんと河合さん5
閉店10分前。
お店の通路を端から端まで歩いて目的の人物を探す。
「いた!」
思わずいつもより大きな声を出してしまったようで、しゃがんで商品を陳列していた人物は、ビクッと動いた。
「松野さん、びっくりさせないでください」
「すみません…」
「まぁ、お客さんがいなかったからよしとしましょう」
そう言って立ち上がった人物は河合さんだ。
「それで?僕を探していたんですか?」
「あ、そうでした。今日駐車場に行ったあと、すぐに出ないで下さい」
「え?」
「出ないでくださいねー!」
それだけ伝えて私は、河合さんをその場に残して逃げた。
「残りましたけど?」
相変わらず頭から突っ込んで、一台分スペースを空けて私の車の隣に自分の車を停めていた河合さんは、運転席のドアを開けて、椅子にもたれている。
「ありがとうございますー。いやね、休憩中にコンビニでタバコ買ったのはいいんですけど、ライター買い忘れちゃって」
私は私で運転席のドアを開けて、買っておいたタバコの封を開けているところだ。
いつものように私はバックで停めていたから、私と河合さんは空いた一台分のスペースに集合したみたいになっている。
「松野さん、いつの間にタバコ吸うようになったの?」
「え?吸いませんよ」
吸うならライター準備するの忘れませんて。
封を開けて、蓋を開けて、紙を破かず開けて、一本取り出す。
「はい、お願いします」
にっこり笑って河合さんに一本差し出す。
少しだけ戸惑った後、河合さんは受け取って、咥えて、火をつけてくれた。
「どうぞ」
赤く光っている方を下に向けて渡してくれるところが優しい。
河合さんから受け取って、そのまま持っているだけの私。
その間に、タバコは自然と燃えてゆらゆら煙を揺らしている。
「このタバコ、亡くなった父が吸っていた銘柄です。タールとか細かいところまではよく分からないから銘柄だけで選んだんですけどね」
タバコから河合さんへ視線を移す。河合さんは私を見ていたようだ。すぐに目が合った。
「今日父の誕生日だと思い出して。何もプレゼントできないから、タバコでもプレゼントしようかと」
「そういうことですか。ついに松野さんが非行に走ったのかと」
「だったら河合さん、非行少年ですね」
「いえ。非行男性です」
「意味わかんないから。頭大丈夫?」
よくする掛け合いの合間に、河合さんも自分のタバコを吸い始めた。
「差し出がましいですが、僕からもプレゼントを。誰かと吸うタバコも楽しいものですから」
「ありがとうございます」
不思議だ。
父の匂いと、河合さんの匂いが一緒にする。
とても。とても安心する。
空を見上げると、半月が淡く光っていた。
優しい光。優しかった父みたいだ。
「…お父さん、誕生日おめでとう」
思わず月に向かって呟いていた。
((大切な日を一緒に過ごしてくれて、ありがとう))
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