松野さんと河合さん1

お疲れさまでしたー。

と、気の抜けた挨拶をシャッターの閉まったお店の前でするのが恒例だ。

それから数人で駐車場に停めてある車まで向かう。

各々の車に近づいた時にもお疲れさまでしたー。と、さっきより幾分元気なトーンで言うのもなぜか恒例である。

「松野さん」

同僚に呼び止められて、振り返る。

「なんですかー?」

あれ?何でこっち側にいるんだ?と思ったら、頭から停めてたのか。

自分はいつもバックで停める。

そうでないとなんだか気持ち悪いのだ。

そんな事を考えている間に、他の同僚はさっさと出発していく。

「なんでいつも自分の後ろ歩いてるんですか?」

さっき歩きながら吸い始めたタバコを持ったまま、器用に腕を組んだ同僚。

「副流煙をいただいてます」

「え、なんで?」

「タバコ吸ってるの、河合さんしかいないので」

「え、それが理由?」

うん。と頭を上下に動かすだけで返事をした。

それからなぜ?と頭を少しだけ傾けた。

「副流煙、体に毒ですよ」

「知ってます」

「じゃあなんで?」

「毒を入れて、生まれ変わるんです」

どういうことだ?と、次は河合さんが頭を傾けた。

ですよねー。そういう反応になりますよねー。

「自分を少し殺して、その分新しい自分を作る感じですかね」

「いや、理解できんよ」

「ですよねー」

正直自分でもちゃんとは分かっていないしな。

「てっきり好かれてるのかと思ってたなぁ」

「安直か」

「相変わらずきついっすねぇ」

「褒めてくれてありがとうございます」

小さくぺこっと頭を下げて、お疲れさまでした。と河合さんに背を向けドアを開けた。

「松野さん」

その声に再度振り返る。

「まだ何か?」

「今度お茶に付き合って?特別に喫煙席でたくさん副流煙吸わせてあげるよ?」

「…」

河合さんはいつもと同じ顔で変なこと言えるんだなーと思った。

そういうとこがこの人に懐いてしまっている理由なんだろうなぁ。

「とんでもないミスして落ち込んだ時お願いします」

「ははっ。思いっきり生まれ変われますね、それ」

「自分を殺すのも、自分を作るのも、全部、河合さんです」

しっかり河合さんの目を見て言った。

そうしたらいつもの顔に少しだけ、驚きが混ざっていた。

それに満足して、車に乗り、ゆっくり動き出す。

サイドミラーで確認したら、河合さんはこちらを見ていた。

その足元に小さな赤い光が落ちていた。


「あんな事言われたら禁煙とか無理だ…」
((自分を何度殺してでも、手に入れたい))

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