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アメリカ大統領選挙と情報戦⑤~少女とひなぎくとキノコ雲(後編)

(写真はバリー・ゴールドウォーター)

前回はこちら。

 そのCMは、1964年9月7日夜、『月曜映画ロードショー』の合間に、「たった一回きり」放映された。CMを見たアメリカ国民は5000万人と言われている。

 鳥のさえずりが聞こえる平和な野原で、一人の幼い女の子が、ひなぎくの花びらをたどたどしく数えている。その後に大人の男性の声で、ミサイル発射のカウントダウンを始め、続いて轟音とともに画面に、核兵器によるキノコ雲が広がる。

 ショッキングな映像に続けて、ナレーションが入る。
「これらは(選挙結果に)かかっている。子供たちが生きる世界をつくるか、闇に沈むか。私たちは互いに愛し合わなければならない。さもなくば死ぬだろう」
「11月3日はジョンソン大統領に投票しよう」

対立候補への「レッテル貼り」

 このCMを見た人は、「ゴールドウォーターが当選したら、破滅的な核戦争が起きる。それを防ぐにはジョンソンに投票するしかない」という印象を受けるだろう。

 確かに、ゴールドウォーターはタカ派で、核兵器の使用に言及したことはある。が、それはベトナムの密林を焼き払うための戦術核の話で、敵国の首都を破壊できるような戦略核の話ではない。ゴールドウォーター政権の誕生で全面核戦争になる、というのは明らかな論理の飛躍である。

なぜCMは「一度きり」だったか

 もちろん、共和党側は怒り、ゴールドウォーターへの中傷だとする訴訟を起こした。ところが、このCMには巧妙なことに「ゴールドウォーター」や「共和党」などの語句はCMに一切登場しない。あくまで映像で、ゴールドウォーターと核戦争を視聴者に「関連付け」させようとしたのだ。言葉を使っていない以上、中傷にあたるのかどうかはっきり決着させるのは難しい。


 しかも、「ひなぎくと少女」は9月7日の一度しか放送されなかった。CMのインパクトは大きかったが、ビデオの普及していない時代であり、人々も細部までは覚えていなかった。一度きりであれば、CMの放送差し止めを求めることもできない。共和党側は、こぶしの振り下ろす先を失ってしまったのである。


 モイヤーズは、CMが一度きりだったのは抗議を受けたからではなく、もとからそういう計画だったと語る。CMの演出、投入の仕方、いずれも緻密で狡猾な計画に基づいていたのである。ジョンソンは「ひなぎくと少女」によってゴールドウォーターに致命傷を負わせる一方、自らはほとんど傷を被ることはなかった。鮮やかな勝利であり、「ひなぎくと少女」は大統領選挙におけるネガティブ・キャンペーンの代名詞的存在となるのである。

今も残る「ひなぎくと少女」の記憶

 2016年の大統領選で、民主党のヒラリー・クリントン陣営は「ひなぎくと少女」を下敷きにしたCMを制作した。その中では、共和党ドナルド・トランプ候補が「核兵器」に言及した箇所が紹介されている。
「ひなぎくと少女」は、アメリカの政治広報の世界に、今でも影響し続けているのである。

(続きはこちら)



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