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武蔵小机城~北条氏の家臣・小机衆が守った城

武蔵小机城は、横浜市港北区にある山城である。現在は「小机城址市民の森」として公園化され、市民の憩いの場となっている。

新横浜駅の隣、JR小机駅から徒歩約15分。山城としては異例なほど、都心からアクセスがしやすい。

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城の入り口から、さっそく急斜面が見える。現在は竹林が植えられ、独特の景観になっている。

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登っていくと、まず巨大な空堀に圧倒される。西側の曲輪の周囲を囲む大空堀だ。

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東に回り込んでいくと、空堀の下に入り込むこともできる。

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ひとたび空堀の下に迷い込んだら、曲輪からの攻撃に晒されるに違いない。

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現在、大きな曲輪が東西に2つある。その間にある馬出(狭い平坦地)は少し標高が高くなっており、櫓があったと考えられている。

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曲輪の外側を囲む空堀は、まるで迷路のようだ。

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東側の曲輪。案内板は「二の丸」とあるが、実際にどこが本丸でどこが二の丸だったかは確定できない。

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切岸(人工的に削られた急斜面)の迫力もこの通りだ。

現在、広大な城域は鉄道と道路によって分断されてしまっている。第二京浜道路の向こう側にもわずかに遺構があり、「富士仙元大菩薩」の石碑が建つ。

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長い時間を経て、信仰の対象になったのだろうか。

この城は、小田原城を本城とする北条氏の支城網の一つだ。北条氏の支配下に入ってから、家臣の笠原信為が城主となった。この城で編成された軍団は「小机衆」と呼ばれている。

その後、北条氏康の弟・氏堯が入るなど、一門に与えられる重要な城という位置づけになっていったようだ。しかし、1590年の豊臣秀吉による小田原征伐では、戦闘になる前に落城した。

その後小机城は廃城となり、歴史的役割を終えたのである。


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