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【来訪者】 統失2級男が書いたショート小説

島本晴治はたった今、1つの小説を読み終えたところで狼狽して更には愕然としていた。その小説は『来訪者』というタイトルの小説で、晴治が驚いたのはその小説の主人公の人生が自分の人生と酷似していたからだった。主人公の氏名は山本晴彦と言い晴治の氏名と2文字が共通していた。また、家族構成も祖母、母、2人の姉と主人公の5人家族で、これも全く晴治と同じだった。そして、その4人の家族の下の名前も、1文字ずつが共通していた。作中では1番目の姉が高校生の時に急性白血病で早逝するのだが、晴治の1番目の姉も高校生の時に同じ病気で早逝しており、更には17歳の無免許の少年が運転する自動車との交通事故で祖母が他界するという話も、晴治の現在の職業がトラック運転手という話も完全に一致する事象であった。晴治は現在22歳である。なので、作家が晴治の家族をモデルにこの作品を書き上げたという事はあり得ない話だった。何せ33年前の小説だったのだから。

晴治はこの小説の作家をネットで調べてみる事にした。作家は兼松喜史郎という1955年生まれの男性で広島の国立大学を卒業した後に故郷の佐賀の新聞社で記者を12年間務め、その後に作家デビューしており、6年前の2018年に63歳で膵臓ガンが原因で他界するまでに41冊の書籍を出版していた。更に兼松のウィキペディアを読み進めて行くと占いという項目が目に留まった。何でも兼松は占いが得意で宝くじの1等に2度当選しており、その合計金額は16億円だったとの記述があった。この出来事は比較的新しい時代の話しで「私の占いは当たるんですよ、私は昔から予言者なんですよ」と得意気に話す兼松を小学生時代の晴治は自宅のテレビで見ていた記憶がある。その時は羨ましいという気持ちと(16億円あってもハゲは嫌だな)という気持ちが入り混じった眼差しでテレビ画面を眺めていた。晴治は特別、兼松のファンという訳でも無かったのだが、本屋で偶々この小説を見付け、表紙に惹かれ購入したのだった。ネットで兼松のウィキペディアを読むまでは兼松が宝くじの1等に2度当選したあの小説家とは認識していなかった。

(兼松は本物の予言者に違いない。宝くじの1等に2度当選したり、俺の家族構成とその将来までも見事に予言していた)晴治は小説とウィキペディアを読み終えた日の晩には、そう考える様になっていた。小説『来訪者』では2032年になると宇宙から日本に来訪者が現れ、彼等は日本国民に対しメディアを介してこう発言するのだった。「我々はあなた方との永続的な友好関係を望んでおります。我々は少し前から日本の皆さんを調査しておりました。そこで、日本の皆さんの優れた人格を知り、その人格に敬意を表して静岡市でトラック運転手の職に従事しておられる山本晴彦さんを我々の惑星にご招待したいと思っております。山本さんに取ってその8日間の旅は生涯忘れ得ぬ驚きと幸福に満ちた記念すべき旅になる事でしょう」と。しかし、作中での宇宙人のその発言は真っ赤な嘘で、実際は晴治の分身とも言える山本晴彦は宇宙人の惑星に連れて行かれて、永遠の命を与えられた後に永遠の拷問を受ける事になっていた。そして、晴治は『来訪者』を読み終えたその日から怯えて生きる様になってしまう。なので、現実世界の日本政府が2031年の夏に「来年、宇宙から我々の元に新たな友人がやって来ます」と正式に発表すると、晴治は恐怖に堪えられなくなり、突発的に首を吊って30年の短い生涯に幕を降ろす事になるのだった。

しかしながら、晴治に死ぬ必要など何処にもなかったのである。宇宙人がやって来るのも事実で日本人が1人、その宇宙人たちの惑星に招待されるのも事実ではあったのだが、実は兼松は『来訪者』の約2ヶ月後に出版した『幸せは宇宙からやって来る』というエッセイの中で、こう語っていた。「主人公の山本晴彦は『来訪者』の作中で人類史上最も不幸な人間になった訳ですが、あの不幸は私の創作であり、私の占いによると現実の世界で宇宙人の惑星に招待される日本人男性は宇宙人から様々な特殊能力を与えられた後に地球に返され、幸福な人生を送る事になっている。山本晴彦を不幸にした理由は、最近の私の作品ではハッピーエンドが続いており、読者に飽きられない為に山本晴彦を苦しめたという訳です」と。つまり、宇宙人も晴治も何も悪くは無かったのだが、強いて言うなら、『幸せは宇宙からやって来る』を読む機会に恵まれなかった晴治の運が悪かったという事と、晴治の生涯を占う時に飲酒し、能力が鈍ってしまった結果、晴治の自殺まで予知出来なかった兼松の飲酒癖が悪かったという事になるのかも知れない。そして、現実の世界では2032年になると、兼松の予言通りに宇宙からは日本への来訪者が現れ、彼等の惑星に晴治の代わりに招待された1人の日本人男性は数多くの特殊能力を与えられた後、日本に帰還し、その特殊能力を駆使して多種多様な事業に挑戦した結果、世界一の富豪となって幸せな人生を送る事になるのでした。


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