カヨノ ミオ(kayono)

統合失調症|既往/入院歴あり/40代/主婦/夫/子2/月1通院/服薬なし| もっと楽に…

カヨノ ミオ(kayono)

統合失調症|既往/入院歴あり/40代/主婦/夫/子2/月1通院/服薬なし| もっと楽に生きれるように。 統合失調症の発症から寛解までの記録と今これから。

マガジン

  • 今日、思うこと

    その日、その日に思うこと。 なんとなく思い出したこと。 とても素直に書いてみます。

  • 統合失調症-病棟記録

    私は、統合失調症です。その発症・入院・退院までの記憶と、精神科病棟の中で出会った人々のことを綴ったマガジンです。

  • 統合失調症-治療・寛解

    私は、統合失調症です。現在、服薬はしていません。しかし、それは決して完治ではありません。早期発見・入院・投薬は私にとって重要であり、今なお回復の途中であることを綴ったマガジンです。

  • 統合失調症-伝えたいこと

    私は、統合失調症です。ずっと、言えずにいたこと。今なら、伝えられること。などを綴ったマガジンです。

最近の記事

  • 固定された記事

統合失調症と向き合う全ての方のために。伝えられる事があるかもしれない。

はじめまして。 先に少しだけ、話をさせてください。 私のことや、noteを書く理由について。 私は、30歳の時に統合失調症を発症しました。 突然、頭の中に現れたゾワゾワは、あっという間に私を支配しました。 何度も救急車を呼んで、沢山の人を巻き込んで、叫んで暴れました。 とても沢山の人を傷付けて、困らせて、悲しませたと思います。 でも、どうしようもなかったんです。 時々、ふと正気に戻るんです。 その度に、「大丈夫、私は大丈夫。ちょっと疲れているだけ。」そう思っていまし

    • 数年ぶりのお久しぶりです。 kayonoです。 noteへの更新はもうずっとありませんが、今でも時々いいねやメッセージを頂けること、心から嬉しく思っております。 今回、統合失調症に関する記事のみを残し他の記事を削除しております。

      • 【閉鎖病棟】⑦ただ、飯を食う!という特別な思い

        1日3度の食事。 薬とラジオ体操と病棟散歩。 時々、風呂。 ここは、退屈で仕方がないな…。 小さな心の余裕が生まれた時。 閉鎖病棟の中。 毎日の健康チェック、食事、服薬。 ただ、それだけ。 ラジオ体操と風呂は、自由。 ただ、その時間に行くか、行かないか、それだけ。 外へ出たいなら行けばいい。 ただしその許可があるなら。 煙草は、時々吸えばいい。 トイレは、行きたくない。 まだ、保護室から出たばかりの頃の私について。 ベッドの上で寝たり起きたり。 突然ムズムズ

        • 【閉鎖病棟】⑥聞こえるもの、見えるもの、感じるもの

          あなたとわたし。 それぞれ同じようで違うこと。 だけど、誰もが持っているもの。 病について、誤解はつきもの。 それは統合失調症に限ったことではないはずで…。 よく分からない病院。 よく分からない病気。 それが、 人を怖いと感じさせるのか…。 暗く閉鎖的に思わせるのか…。 精神科病棟に入院している患者は実に様々で、 与えられた病名、 主なその症状、 回復のペース、 みながそれぞれに違うのは当然のこと。 ただ、その光景。 一般的な他の病院と比べるなら、 確かに閉鎖病

        • 固定された記事

        統合失調症と向き合う全ての方のために。伝えられる事があるかもしれない。

        • 数年ぶりのお久しぶりです。 kayonoです。 noteへの更新はもうずっとありませんが、今でも時々いいねやメッセージを頂けること、心から嬉しく思っております。 今回、統合失調症に関する記事のみを残し他の記事を削除しております。

        • 【閉鎖病棟】⑦ただ、飯を食う!という特別な思い

        • 【閉鎖病棟】⑥聞こえるもの、見えるもの、感じるもの

        マガジン

        • 今日、思うこと
          1本
        • 統合失調症-病棟記録
          11本
        • 統合失調症-治療・寛解
          2本
        • 統合失調症-伝えたいこと
          4本

        記事

          【閉鎖病棟】⑤憎いそのヒゲをどうするかってこと

          女だらけの閉鎖病棟。 少しづつ戻ってきた。 女子が綺麗になる感覚。 私を支配し見張っていたのは、鏡の中の何者か。 そいつは時々私に命令をする。 統合失調症の陽性症状による幻覚や妄想は、とてもわかりやすい。 現実にはないもの。 それらがまるで本当にあるかのように、見えたり聞こえたりする。 何かに怯えたり、 何かと会話をしたり、 それに従うことも、 それから逃れることも、 その様な行動は、明らかに異常。 私が精神科病棟に入院する前。 「鏡が怖い」 と言っていたのは

          【閉鎖病棟】⑤憎いそのヒゲをどうするかってこと

          服薬、必要なし。これは私の寛解へのステップ。

          「薬、飲んだ方がいいですか?」 何度か医師に尋ねたこともありますが…。 まだ、服薬、必要なし。 そもそも。 向精神薬というものは、なんだか少々胡散臭い…。今、私を診察してくれている医師とは8年になります。 それまで、転居やちょっとした都合で、何度か病院を変えました。 その度に、新しい精神科医の診察を受けることにはなるのですが。 やっぱり。 相性って、ありますね。 これは、精神科医に限った話ではないと思います。 しかし、精神科医に対しては特に感じることと思います。

          服薬、必要なし。これは私の寛解へのステップ。

          今日はあなたの日。私がそう決めたから。他に理由なんてなくていい。

          今日は、少し友人の話をしてもいいですか? みなさんのnoteを、 どうしても届けたい人がいるんです。 毎日が自由すぎて、楽しすぎた。 そんな学生時代に出会ったチコという友人の話。 ねぇ、チコ。 今ならきっと、誰かがあなたを守れた。 私は、大学生時代に友人を亡くしました。 友人といっても、「仲良し」というのとは、少し違っていて。 今クラスが一緒だから。 サークルが一緒だから。 彼らが知り合いだから。 そんな感じでした。 ある日。 その友人が、私の前から消えました。

          今日はあなたの日。私がそう決めたから。他に理由なんてなくていい。

          たまに、朝一番に書くnoteが心地よくて。今日もこんなことを書いています。

          おはようございます。 そして、いつもありがとうございます。 noteを始めてから、もうすぐひと月になります。 主には「私の統合失調症の記録」について。 当時の記憶や、今だからこそ伝えられること。 それらを思うままにnoteに綴っています。 私が発症した当時は、 SNSのような繋がりも、 ブログやnoteのような誰かの思いも、 検索したら簡単に手に入るような情報も、 そういったものは、今ほどに揃っていなくて。 自分以外の「リアル」と繋がる唯一の場所が閉鎖病棟の中でし

          たまに、朝一番に書くnoteが心地よくて。今日もこんなことを書いています。

          【閉鎖病棟】④毎朝パンを食べる方法

          朝食は、コメ派?パン派? 私は、パンが好き。 だけど、ここの朝食は毎日コメだ。 閉鎖病棟での生活も、ひと月位すれば慣れたものです。ここでの生活は、悪くもなく。 しかし、決して快適でもなく。 そういうものだ。 という意味での「慣れ」かもしれません。 治療は順調。 初期は、薬の副作用が酷く出る時もありました。 ピタリとくる薬に出会うまでは、ストレスの日々でした。 (このことは、また別の機会に。) 今まで、宙ぶらりんとしていた、自分の感覚やら意識やら。 それらが、少

          【閉鎖病棟】④毎朝パンを食べる方法

          【閉鎖病棟】③断捨離みたいなもの

          入院してること、 ちゃんと話してないけれど。 そんなの、誰も気にしてない? ちょっと体調を崩して、入院してるんだ。お見舞いなんて、いらないから。 閉鎖鎖病棟の扉は常に施錠されています。 誰も自由に外へ出る事はできません。 例え、医師から外出許可が出ている場合でも。 外出時の施錠管理は全て看護師が行います。 だから、精神科病院に入院している患者に会いに行く場合は、「お見舞い」というよりも「面会」という言葉の方が、しっくりきます。 それに、私は「お見舞い」と言われるには

          【閉鎖病棟】③断捨離みたいなもの

          【閉鎖病棟】②寝床と風呂場と公衆電話…

          人生初の入院。 それが、精神科病院だなんて。 ちっとも想像していなかった。 4人部屋。 カーテンで仕切られた、私だけの空間。 私が入院することになった精神科病院は、少し前に建て替えを済ませたばかりのようでした。 他の病院と何ら変わりのない外観。 広々と、新しい匂いのするロビー。 一見すると、精神科病院だとは誰も気付きそうにない。 そんな、印象を受けました。 病室にある全てのベッドが窓に近く、明るい陽の光が差し込み、鉄格子なんてものは、もちろんありません。 窓の外

          【閉鎖病棟】②寝床と風呂場と公衆電話…

          【閉鎖病棟】①ひとつ前へ進むこと

          今まで、 よくも平気でいたものだ。 こんなにも、騒々しく息苦しいところに。 入院は、急性期症状の改善を目的として。最低でも3ヶ月、長ければそれ以上。私の入院に関して。 「娘さんは、しっかりしている。  十分に、回復が望めるでしょう。」 担当医師は、こう話していたそうです。 私が母と、この精神科病院へ来たのは、確か。 つい先日、30歳の誕生日を迎えたばかりの日で。 暑くもなく。 寒くもなく。 ちょうどいい。 何をするにも、とっても快適な。 10月の、ある日のこ

          【閉鎖病棟】①ひとつ前へ進むこと

          私の統合失調症の治療について。寛解へのステップは、思えばここが始まりでした。

          寛解は限りなく回復に近づくもの。 例えば、 私の場合はこんな感じ。 統合失調症には、「完治」という概念がない。だけど、それは絶望的という意味ではありません。 自分の病気について。 私が、きちんと理解できるようになるまでには、少し時間がかかりました。 精神科病院に入院することになった私は、しばらく保護室で過ごしていました。 ここは、とても不思議な空間で、その時の感覚は今でもよく記憶しています。(その時の記憶は、別のnoteにて綴っています。) 統合失調症の病名を告げると

          私の統合失調症の治療について。寛解へのステップは、思えばここが始まりでした。

          入院は、エネルギー回復のプロセス。私がここにいるのは、見捨てられたからじゃない。

          確かにそこは、鍵のかかった場所。 それを、閉鎖的と言うけれど。 私はね、結構気に入ってた。 子どもの頃。いつも見ていた病院は、木々が生い茂り、高い塀がとても印象的な所でした。 もし私が、 統合失調症を患うことがなく、この病を知らずに過ごしていたら。 こんな思い出話なんて、きっとすることもなかったでしょう。 これは、とても昔の話。 私が幼少期を過ごした家の近くに、大きな病院がありました。 そこは、 少し陽の当たりが悪そうで。 人の気配を殆ど感じない。 いつも、 ひっ

          入院は、エネルギー回復のプロセス。私がここにいるのは、見捨てられたからじゃない。

          【閉鎖病棟】⓪保護室で過ごす日のこと

          わかったのは、私は、生きているということ。 よかった。 今は、それだけでいい。 そう言えば、病院へ向かうタクシーの中。とても寒くて、酷く喉が渇いていたのは、こんな妄想があったから。 私は、さっき死んだのよ。 今から、お墓に入るわ。 だから、 綺麗にお化粧をして頂戴ね。 沢山お水をかけて頂戴ね。 「自分」について、 とても冷静に、不思議と心穏やかでした。 既に、どこまでが現実なのか、 そんなことは、もう、どうでもよくなっていたのかもしれません。 ただ、とにかく今は

          【閉鎖病棟】⓪保護室で過ごす日のこと

          もしも今、あなたのお子さんが統合失調症を患っていたとして。ここへ辿り着いたなら。

          母の存在について。 とても、拙い文章ですが。 どうにかあなたの心に響いてくれますように。 ある日、娘が統合失調症に。きっと、私の両親は大変な思いをしたことでしょう。父は、いつも穏やかに見えていましたが、本当は少しも心穏やかには過ごせなかったことでしょう。 母は、とても冷静に見えましたが、現実を受け入れることにとても疲れていたことでしょう。 私は、30歳で統合失調症を発症しました。 幸い、入院と投薬により症状が改善。 その後の経過も良く、現在では通院のみ、服薬はしていま

          もしも今、あなたのお子さんが統合失調症を患っていたとして。ここへ辿り着いたなら。