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Vol.1「中小企業のための経営戦略とデザイン経営(成功例をプロセスで解説)



■はじめに

 従来の戦略フレームワークとデザイン経営(デザイン思考)を融合させたV字回復の事例をプロセスを通してご紹介。
 コロナ禍における接待を伴う地方の飲食店を舞台に、デザイン経営(デザイン思考)を活用した「組織変革」と「価値創造」はいかにもたらされたか。
 中小企業とベンチャー企業で20年以上の実績を持つ現役の経営者であり、プロセスコンサルタント兼デザイン思考の人気ファシリテーターが徹底的に伝える、デザイン経営(デザイン思考)の中小企業への落とし込み方。

 飲食店が閉店する理由のひとつに掲げられる「後継者の不在」。
 特に店の規模が小さいと、経営者のオーナーシップが強いため、従業員は受け身体質になっていることも少なくありません。その状況で経営者が退任したら、その店はどうなるでしょう。
 
 こうした事態を打破し、コロナ禍でも売上高125%成長を果たしたお店があります。営業形態はスナック。スタッフの力で売上と顧客満足度を向上させる自律型組織をつくりました。そんな実話に基づくサクセスストーリーを、相談者とコンサルタントとの会話から紐解き、企業規模に関わらず取り組める「デザイン経営/思考」を全6回で考えます。店舗型ビジネス/サービス業編となります。

<お断り>
 本連載は、「デザイン経営」や「デザイン思考」の基本について書かれたものではありません。なかなか伝わりづらい「デザイン経営」や「デザイン思考」を、中小企業向けにローカライズして実践した事例をもとに、ストーリー仕立てでお届けする内容となっています。

 「デザイン思考」の基礎や概要を理解する場合は、以下の連載記事をお薦めします。

 「デザイン経営」については、特許庁のページで紹介されている「デザイン経営ハンドブック」もご参照ください。

【登場人物】
相談者:
 お店のオーナー:Chie
スタッフ:
 ママ:Mari
 スタッフ:Sayaka

支援者:
 プロセスコンサルタント/デザイン思考ファシリテーター
  株式会社U-NEXUS 代表・上野敏良
 
 【舞台】
 とある地方の「スナックM(仮名)」。
 オーナーのChieは、もともとは一人でお店を立ち上げて、順調に売上を伸ばしてきました。その後、スタッフとしてMariを雇用。ふたり体制になると、収益はさらに増え、オーナーのChie自身が結婚を機に現場を退いてオーナーの立場になっても、ママとなったMariに安心して店を任せていました。
 
 ところが、2019年1月、次のママ候補が育つことなく、店舗責任者であるママのMariが結婚を機に寿退職をすることになったのです。当時働いていたほかのスタッフは指示待ちの姿勢で、リーダー不在の状態。
 また、現場の状況についても、Mari以外のスタッフとのホウ・レン・ソウ(報告・連絡・相談)の仕組みが確立していませんでした。今後の接客レベルの低下や売上の減少、現場の状況把握や意思疎通の難しさを考えると、閉店も避けられないのではないか…。
 
 そんな悩みを抱えてオーナーChieが参加したのが、上野が講師を務める「デザイン思考」のセミナーです。そして、「デザイン思考が自分の悩みの解決につながるのではないか」と考え、すぐに上野に個別相談のコンタクトを取りました。
 
 さて「スナックM(仮名)」の立て直しは、どうなることでしょう…?

■組織変革の第一歩は、「現状把握」と「課題整理」から

 ヒアリングを通した現状の課題と目標達成に向けた手順の整理

――打ち合わせ場所は上野の会社「U-NEXUS」。
 まずはオーナーChieから現状のヒアリングです。
 
オーナーChie:
 実は当初、デザイン思考の「デザイン」というキーワードから、グラフィックなどのデザインを学べると思ってセミナーに参加しました。でも、内容を聴いて「デザイン思考」の意味がわかり、この手法こそが今の自分の悩みの解決につながるのでは?と思ったのです。
「すぐにでも詳しく話を聴きたい!」と上野さんに連絡しました。
 
上野:
 ありがとうございます。「デザイン思考」はデザイナーの発想法を用いて、新しいビジネスやサービスを設計する手法です。
 ここでの「デザイン」は『ビジュアルを良くする・美しく整える』という意味ではなく、物事がうまくいくためのプロセスをデザインすることです。
 私が主に得意とするデザインは以下の通りです。

・ビジョンデザイン(目的、目標)
・ビジネスデザイン、ビジネスモデルデザイン(新たな価値づくり)
・サービスデザイン(モノからコトへ)
・チームデザイン(自走型チームづくり)
・プロセスデザイン(変革や成果につなげるためのプロセス)
・ワークショップデザイン(参加者同士で活発に議論する場)

 現場のスタッフの方々にも伴走するのが私のモットーで、実行する皆さんを元気にしてチーム力を高め、より賢く、より顧客への貢献マインドを高めることで結果へと導いて行きます。

 よって、私のミッションは、スタッフの⼒で『売上』と『顧客満⾜』を創り出せる⾃律型組織をつくることをアドバイスしながら、成果に繋げるサポートをすることです。実行することを定期的にサポート中で、従来の「戦略フレームワーク」や「デザイン思考」などのフレームワークを手段として取り入れています。
 
 それでは、まずは、Chieさんの悩みをお聞かせください。

オーナーChie:
 店舗責任者であるママのMariの寿退社が決まったことは喜ばしいのですが、後任が育っていないので、業務のオペレーションや接客、スタッフ教育など、すべてにおいてうまくいく見通しがないんです。私自身は普段から経営セミナーなどに参加していますし、まずはスタッフたちの接客レベルを上げるために、マナー講師にも来ていただきましたが、あまり効果が見られません。私が現場に立っていた頃とスタッフの意識も性格も違っていることはわかるのですが、何から変えていいかわからない状態です。
 
 結果的に、今後は店舗運用レベルが低下して売上が落ち込み、私の義理で来てくれていたお客さんも減ってしまうでしょう。それに、私は普段、現場にいないため、遠隔での業務指示はなかなか伝わりにくい。スタッフとコミュニケーションを取る機会がなかなかありませんし、彼女たちのモチベーションの維持にも悩んでいます。
 
上野:
 なるほど。
 では、「スナックM(仮名)」の課題の整理からはじめましょう。
 接客の現状を聞かせてください。
 
オーナーChie:
 現在は出勤して時給でお金がもらえればよいという受け身な姿勢のスタッフが多く、お店をよくするためのアイデアを出して売上を上げようという意欲が低い状態です。新規顧客の集客は、ホームページやブログ、ポータルサイト、フリーペーパーなどを活用してできているものの、リピート客が少ないのも悩みです。客層も、私が現場を退いてから変わっているかもしれないのですが、掴みきれていません。
 
上野:
 そのうえでの要望はありますか?
 
オーナーChie:
 まずは接客レベルの向上です。そして、店舗責任者が不在で私が遠隔にいてもお店を回せる仕組み、売上が上がる仕組みをつくりたい。つまり、スタッフの関係性や、会計、集客を把握できるシステム、人事評価ができる給料システムの構築です。こうした仕組みづくりによって、もっとスタッフが自発的に動くようになり、改善提案やアイデアを出して欲しい、売上に対する貪欲さが欲しいと思っています。
 
上野:
 では、以下に「問題」と「課題・要望」とに分けて整理してみましょう。

 【問題】
・ママ不在による「売上の落ち込み」「義理で来店していた顧客の減少」「店舗運営レベルの低下」「オーナーへの報告の質の低下」。
・出勤すれば時給で給与がもらえるスタッフの受け身な姿勢。
・ホームページやブログ、ポータルサイトを駆使して新規顧客の集客はできているが、リピート率が悪い。オーナーChieが現場を退いてから客層も変わっているかもしれないが、掴みきれていない。

【課題・要望】
・接客レベルの向上。
・オーナーが不在でも(遠隔にいても)運営できる仕組み、売上が上がる仕組みづくり。
・スタッフの関係性を把握でき、能力や成果(会計・集客)を判定して給与や昇格の査定を行う人事評価システムの構築。
・もっとスタッフが自発的に動き、改善提案やアイデアを出して欲しい。売上をあげること=稼ぐこと、人を喜ばせることに貪欲になって欲しい。

オーナーChie:
 ありがとうございます。私の中にある思いを上手に引き出していただいた気分です。上野さんの話を聴く姿勢がとても誠実で、セミナーのとき以上に信頼感が高まりました。
 
上野:
 デザイン思考のファーストステップは『共感力』なんです。ユーザーを理解して共感し、共創力(ともに価値をつくりだすチーム力)を高めて、試行(試しに実行)するサイクルを回していきます。
 つまり、現在の私にとってユーザーは、Chieさんであり、理解して共感するために、いろいろなお話を聞かせていただきました。
 ちなみに、Chieさんにとってのユーザーはスタッフの皆さん、スタッフの皆さんにとってのユーザーは来店するお客さまということですね。
 スピード感をもって『共感力』『共創力』『試行力』のサイクルを回すことで組織の文化を変革し、自分たちで考えて行動できる組織づくりのお手伝いをするのが私の役割です。
 
 では、店づくりの最終的な目標はありますか?
 
オーナーChie:
 お客さんもスタッフも店も皆が幸せになり、ついつい行きたくなるような店づくりがしたいんです。繁華街の衰退も気になっているので、活気ある店づくりによって、繁華街の活性化にも繋げたいと思います。
 
上野:
 では、「スナックM(仮名)」の目標と2〜3年後の未来を、以下のように描いてみましょう。

【目標】
・リーダー不在でも稼げる仕組みづくり
 ①運用システムの確立
 ②スタッフの自発性の向上
 
【2〜3年後の未来】
 スタッフの自発性を引き出す仕組みづくりを通して、お客さんが喜び、繰り返し足を運ぶ店舗に成長させること。それによって稼ぎが増え、店が繁盛することで、スタッフの自己実現にもつながる。お客さんも、スタッフも、店も皆がハッピーになる。そんな「関わる人々を幸せにできるお店づくり」ですね。

上野:
 目標が明確になりましたね。
 では、次に目標達成に向けた手順を整理していきましょう。
 

■「マッキンゼー7S(組織変革のマネジメント)」を使った手順の整理


上野:
 目標達成のための手順を考えるために、今回は『マッキンゼー7S』というフレームワークを使います。これによって、店の立て直しに向けて何からはじめるか、優先順位を考えていきます。

マッキンゼー7S


上野:
 この図は『企業は7つの【S】による経営資源で構成されている』ということを意味します。その経営資源の内訳は、【ハード】面の3つの要素と【ソフト】面の4つの要素に分けることができます。
 
【ハード】面の3つの「S」(組織の構造に関するもの)
・戦略(Strategy):競争優位性を維持するための事業の方向性
・組織(Structure):組織の形態や構造
・システム(System):人事評価や報酬、情報の流れ、会計制度など、組織の仕組み
 
【ソフト】面の4つの「S」(人に関するもの)
・スキル(Skill):営業力、技術力、マーケティング力など組織に備わっている能力
・人材(Staff):社員や経営者など個々の人材の能力
・スタイル(Style):社風や、組織の文化
・共通の価値観(Shared Value):社員で共通認識を持つ会社の価値観
 
上野:
 これらの7つの要素の相互関係を表したフレームワークをもとに、組織の現状と戦略(組織が望む状態)とのギャップを診断し、最適な事業戦略を考えるフレームワークが『マッキンゼー7S』です。
 
 組織を変革しようとして、いきなりスタッフ(人材)に自発性を求めても、時間がかかってしまって本末転倒です。一般的に、【ハード】の3Sのほうが、変更が容易で手が付けやすいといわれており、【ソフト】の4Sは変更に時間がかかります。
 
 そこで、この『マッキンゼー7S』に『スナックM(仮名)』の改善策を以下のように当てはめていくと、どの変革から手を付けてよいかがわかります。

マッキンゼー7Sを使って課題の優先順位を整理する


上野:
 組織や課題によって取り組む順序は変わりますが、今回の場合は、まずは基本的な店の運営システムなど、変更しやすい青色(以下の1、2)の改善策から進めていきましょう。このフレームワークをもとに、以下の順番で進めていくのがよいのではないかと思います。
 
(1)システム(System):店舗運用のための仕組みづくり
(2)戦略(Strategy):売上アップの施策と売上アップにつなげる評価システムの構築
(3)スキル(Skill):PDCAサイクルを回す
(4)価値観(Shared Value):クレド(ミッション、ビジョン、コアバリュー、バリュープロポジション)の作成

 
オーナーChie:
 はい。
 まずは、私が遠隔にいても店舗の運営ができる仕組みづくりをお願いします!
 

■Vol.1まとめ

・まずは徹底的なヒアリングを通じた現状把握と課題整理から。
・「マッキンゼー7S」で解決策の優先順位を明確に。

自律型組織のためには課題と目標の整理整頓が大切! 

(Vol.2につづく…)


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