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失楽園⑦

主要な登場人物紹介
涼宮俊介・・・21歳。大学生。永遠と幸福が保証された世界に息苦しさを感
       じている。
牧村直美・・・21歳。大学生。学業やボランティア活動に積極的で、周囲へ
       の配慮を欠かさない。
宮田伊作・・・21歳。大学生。鈍感でぶっきらぼう。俊介の繊細さやネガテ
       ィブな性格を馬鹿にしている
涼宮美香・・・俊介の母。過保護で、心配性。俊介からは疎まれている。
西田真理奈・・・謎めいた司書。反社会的な言動をとっても、何故か”マンダ
        ラ”の影響を受けない
朝光明・・・反政府組織「カリオストロ」のリーダー。この社会で苦しむ
      者達を国外脱出させる活動を担っている。


"ピコン。共和食品です。弊社はあなたの体に最も合った、そしてあなたが最も求める食生活を提供します。永遠と幸福は汝の手にあり。”
”ピコン。ハーモニア製薬です。あなたが益々健康になれるよう、私達はさらなる製品開発をお約束します。永遠と幸福は汝の手にあり。”


 「ああ、すみません。瀬戸浩司の”マンダラ”の通知機能をオフにするのを忘れてしまっていました。」
 「大丈夫だよ。広告か.....。”ミーム”という言葉を君は知っているかい?」
 「いえ、知りません。」
 「そうか。ミームというのは言語を通して、人の脳へと植え付けられる慣習や宗教、文化全般を指す言葉だ。そのミームとはつまるところ、想像力がもたらすものだと言ってもいい。つまり、そこには無いものをあると信じることだよ。善悪も宗教も、政府も通貨も、民主主義や資本主義も全ては幻想であり、人々が信じる限りにおいて存在し続けるものだ。そしてマーケティングとは、ミームを人に植え付けるものだよ。人が自然界の中に自分達の住処である人間社会というものを生み出せたのは、ミームが果たす役割が大きかったのだよ。」
 「つまり、十字架にかけられた青年が僕達の救世主であるということも、神の見えざる手も、そしてこの永遠と幸福が保証された社会も、文化の伝染だということですか?」
 「そうだね。そういう意味でいうと、マーケティングは現代の布教活動の様なものだ。これまでの歴史の中で登場してきた哲学者や文学者、宗教家も、現代でいうところのマーケターだったのかもしれないね。」
 「彼らは真実を明らかにしたり、この社会を良い方向に変えたかったというのもあったかもしれないが、それ以前に、自分自身の存在を世の中に知らしめたかった、ということですか?」
 「フフフ。本人達は否定するかもしれないが、本能の部分ではそう言えるかもしれない。イエスも、最初から高名な律法学者達に祭り上げられていたら、キリスト教なんてものも生まれなかったかもしれないからね。もちろん、そのこと自体が悪いわけではない。それどころか、彼らは善意でやっていたのだろう。そして彼らの活動は実際に、明らかに僕達の社会の発展に寄与してきたのも事実だよ。だから無駄ではないし、むしろ世の中を前に進めてきた。しかしながら、それらが弊害を生んできたことも、決して無視してはいけない。」
 「だからこそ、その問題に焦点を合わせ、より良い社会を作っていく必要があるのですね。」
 「ああ、そういうことだよ。かつての狩猟採集社会も、農耕社会も、資本主義社会も、現在のこの社会も、どれも極端なんだ。僕達がこれから創り上げていきたいと考えている社会だって、完璧ではないだろう。しかし、これまでのどんな社会よりも、人間という種族にマッチングした社会であることは自信をもって言える。そして僕達もまた新しい文化を生み出し、伝えていく立場である以上、その責任を担わなければならない。」
 「人間が生み出した社会である以上、ミスはつきものかもしれない。しかし、言い訳や正当化をするのではなく、絶えず修正していかなければならないし、そして何よりバランスが必要ということか。」
 「そうだね。所詮、全ての人間が生み出した概念は幻想だからね。自由・平等・博愛というスローガンだって、決して例外ではないよ。ただ、幻想でも、運用次第で悲劇を生み出すこともあれば、喜劇を生み出すことだって可能だ。人類の歴史の中において、この自由・平等・博愛というスローガンの開発はなかなか素晴らしいよ。これらの概念をバランスよく両立させれば、サピエンスに非常に適したものになることは間違いない。しかし、これらの概念がうまく機能したことは、歴史上未だに無い。かつての革命の時のフランスや、独立後のアメリカだってそうだ。しかしながら、それをやり遂げなくてはならない。そのためにはまず、この国から脱出しないとね。」



 「そうですね。ちなみに、この国から脱出するのは理解していますが、一体どこを目指し、かつどのようにして脱出するのですか?」
 「そうだね、それについて具体的に話すのをすっかり飛ばしていたよ。これまでの話は君がこの国から脱出するにあたって、それにふさわしい人間かどうかを試させてもらうためのものだったんだが、ついつい話に花を咲かせ過ぎたね。それについては、”アメリカ”に脱出しようと思っている。」
 「”アメリカ”!?アメリカも日本と同じように、資本主義社会の崩壊後、監視社会化したのではなかったのですか?」
 「アメリカは、まだ資本主義社会であった際に生じた9.11後のテロとの戦いに備えて、当時の大統領やその取り巻きがセキュリティー産業への癒着と優遇を始めていたことで、監視社会化が非常に速かったんだ。その頃から監視社会への不満は燻っていたのだけれど、本格的に監視社会に移行してから、その不満がとうとう爆発し、銃規制が行われてもまだ国民が武器を違法に携帯していたことも重なって、各地で暴動が発生・激化し、それまでと同じように政府が倒された。それによって比較的早く監視制度は撤廃されたんだよ。」
 「全く。人間は本当に昔から変わらないな。同じことの繰り返しだ。ちなみに、今はどういう状況なんですか?」
 「今はまだ資本主義でも監視制度でもなく、それらの良いところだけを取り入れ、発展させるために試行錯誤している状態だよ。それに各地での暴動により、優秀な人材が国外に流出したり、亡くなったりしたので、こうして国外からの亡命者を多数受け入れているのだよ。僕は彼らと共に、アメリカでの国家整備に協力するつもりだ。」
 「はあー。そうですか。サラッと凄いことを言いましたね。ところで、具体的な脱出プランはどのようなものなんですか?」
 「そうだね、君には知っておいてもらわなくちゃならない。今回の作戦は非常に大胆であると同時に、1秒でも遅れれば一巻の終わりになる非常に繊細な作戦でもあるからね。作戦の概略としては、僕達は横須賀基地からジェット機で北太平洋航路を経由して、アメリカの西海岸へ向かう。」
 「え!!そんな....。あの基地には監視社会化以降、米軍は撤退しましたが、その穴埋めとして軍備が増強され、何百万もの自衛隊員が100年以上前から駐留しているんですよ。どうするんです?」
 「そのために何年も前から僕達は着実と準備を整えてきた。自衛隊の幹部連中を誘拐し、彼らから基地内の情報を聞き出した。その上、彼らの”マンダラ”を複製し、ホログラムとの兼用で僕達の仲間は彼らに成りすまし、もう数年以上、あの基地にて勤務をしている。いつでもジェット機は飛ばせるよ。もちろん、飛ばしてから追撃される可能性は十分あるので、なるべく早く事を済ませなければならないがね。ということで、死にたくなかったらこの作戦はくれぐれも黙っておくことだね。あと、ここまで聞いた以上はもうこの作戦に参加してもらう。過保護なお母さんと友達には最後の挨拶をしておくことだね。いいかい?」
 「ええ、今のとんでもない作戦を聞いて、むしろ決意が固まりましたよ。それに、この社会を脱出することに対して恐怖があっただけで、未練は元々微塵も無いですから。了解しました。」
 「よし、ということで1週間後の水曜日、午前8時までに君には横須賀基地に西田と共に来てもらう。事前に航空整備士の”マンダラ”とホログラム、コンタクトレンズの一式を手渡しておくから、君には整備士として、命懸けのフライトを特等席で楽しんでもらうよ。フフフ。」
 この人はやはり本当に恐ろしい人だ.....。 


前章は以下のnoteです。



 



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