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【戯曲】チェンジ・パートナーズ ①

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▼あらすじ

住吉佳純と廣沢怜のカップルは旅先の軽井沢で若いカップルと知り合う。滞在先のホテルでケンカになった二組は、翌日恋人を交換して観光することになるが、行く先々で相手に出会うことになり……。

登場人物:6人(男4:女2)
上映時間目安:1時間45分
劇場サイズ目安:中劇場以上

▼登場人物

住吉佳純(すみよしよしずみ、34)……売れないイラストレーター
廣沢怜(ひろさわれい、31)……派遣の事務系OL、動植物に詳しい
馬場炯介(ばばけいすけ、24)……大学院卒で求職中、学芸員志望
哀川七穂(あいかわななほ、26)……家具メーカーを退職したばかり
山内誠(やまうちまこと、27)……ホテルの従業員、ミュージシャン志望
白バイ警官


〈第一幕〉

▼一場

 軽井沢のとあるチェーン経営の安ホテル。四月中旬といっても当地ではまだ冬を越したばかりで、ゲレンデにはまだ雪が残っている。シーズンオフとオンの境目で観光客は極めて少なく、まだ営業を再開していない施設や店舗も多い。
 舞台はホテルのロビー。画一化された極めて簡素なデザインで、安さが売りとはいえあまりに飾り気がない。
 壁に薄型テレビがかけてあり、向かい合わせになるようにしてソファが二つ置かれている。隅には軽食や飲み物の自販機が設置され、それと並んでティーバッグやハンドタオル、その他アメニティが置いてあるステンレスラックがある。セルフサービスなのだ。他には情報検索用のノートパソコンが置かれた机、あとあるのは新聞や情報誌などの並んだマガジンラックくらい。
 舞台手前の下手側にエントランス。入ってすぐのところにフロントがある。フロント内の背後には横開きのドアがあり、奥は従業員の控え室になっている。正面奥と上手奥にそれぞれ廊下が続いている。ホテルは二階建てで、フロントの上に207号室、逆側に215号室がある。
 夜九時近く、ホテル内は静まり返っており、明かりはついているものの人の気配は感じられない。フロントも無人である。
 東京から格安ツアーで一泊旅行にやってきた住吉佳純と廣沢怜のカップルがチェックインする。ツアー料金は一名につき「新幹線の往復乗車券+ホテル代+朝食つき」で12700円。夕飯は外のレストランで済ませてきた二人は、鞄を一つ持っただけの身軽さである。

佳純 (エントランスから話しながら入ってくる)通りに植えてある木、あれ何? 
 コブシじゃないかな。
佳純 へぇ、あれがコブシ。きれいに咲いてるね。もっと背が小さいもんかと思ってた(フロントの呼び鈴をチーンと鳴らす。しかし、誰も現れない。ロビーを見回して安っぽさにがっかりして)いつも行ってる歯医者の待合室に似てるな。(怜に)こんなところですいませんねぇ。
 十分です。
佳純 (もう一度呼び鈴を鳴らすが、やはり誰も現れない)従業員もいない。他の客もいない。斧を持ったジャック・ニコルソンがいきなり出てきたりして。

フロント内の横開きのドアから、山内誠が現われる。制服を着ているが、無帽で寝癖がついている。上着のボタンを留めながらフロントに立つ。どうやら寝ていたらしい。愛想はいいが、お喋りなところが玉に瑕な若者である。
山内 すいません、お待たせしました。

佳純 大丈夫。まだカウントツーだったんで。
内 ちょっと立て込んでおりまして。
佳純 ……なるほど。予約してる住吉です。
山内 (ノートパソコンで予約を確認する)住吉様、二名様ですね。はい、お待ちしておりました。では、こちらの宿泊カードにご記入いただいてよろしいですか。
佳純 はいはい。
山内 晴れてよかったですね。急に暖かくなってコブシも満開です。
 たくさんありますよね。
山内 軽井沢の町の木なんですよ。
 そうなんですか。
山内 (どこから来たのか言い当てようとして)東京から?
 そうですけど、どうして?
山内 そう言っておけば半分くらい当たります。新幹線ですぐですし。
佳純 (記入を終えて)新幹線、寝ちゃったからぜんぜん遠くに来た気がしないですよ。ホントにあっという間で。
山内 分かります。(チェックしながら)先週はマイナス二度まで下がったりしたんで、ちょうどいいときに来られたかと思います。
佳純 まだそんなに寒くなるんだ。
山内 では、こちらがルームキーになります。お部屋は207号室です。(正面奥の通路を指し)そちらを左手に行ったところに階段とエレベーターがありますので。
佳純 はい。
山内 朝食は七時から九時の間でやっておりますので、明日の朝、食堂の方にお越しください。食堂は(上手奥の通路を指し)、あちらを行った突き当たりにございます。
佳純 分かりました。
山内 それでは、どうぞごゆっくり。

佳純と怜は荷物を持って正面奥の通路から退場。

山内 (ノートパソコンをチェックして)今日の宿泊客は、あと一組か。チェックインの予定は七時半。(腕時計を見て)もう九時か。電話を入れるべきか、入れないべきか、入れるべきか、入れないべきか……。今日一番の難問だな。(と言いつつ、あっさり結論を下し)よし、電話はしない。ほっときましょう。ぼくには色々とやることがあるんでね。

山内、控え室に戻る。
フロントの真上にある207号室の明かりがつく。佳純と怜が中に入ると、部屋は驚くべき狭さである。ほとんどを占領するようにしてダブルベッドがでんと置かれ、余った部分が通路となっている感じ。お互いうまく避けなければすれ違うこともできない。室内は他にライティングボード、テレビ、湯沸かし器、そして足元に小型冷蔵庫があるだけ。窓はカーテンが閉まっている。

佳純 おれのアパートの方がまだ広いぞ。
 これはさすがに狭いね。
佳純 (部屋を点検して回る)開けてみる引き出しが一つもない。持ち帰れるものも何もない。お茶もない。
 お茶はロビーから持ってくるみたい。全部セルフなのね。(バスルームから歯ブラシを持った手を出して)歯ブラシはあった。
佳純 (苦々しげに)徹底してるのは嫌いじゃないけどな。
 景色はいいかも(とカーテンを開ける)。
佳純 (一緒に見て)……駐車場が見える。その向こうに車道がある。その向こうに何か資材置き場が見える。その向こうは、見えない。
 朝になれば浅間山が見えるかも。
佳純 噴火してなくなってなければね。
 (通りを歩く若いカップルに気がつく)あ、あの二人。
佳純 (見て)あぁ。今日何度か見かけたね。
 (彼らが入り口に向かうのを確認して)ここに泊まるみたい。今日、新幹線から一緒だったよね。
佳純 ホント? 美術館では気がついたけど。
 まぁまぁかわいい子。
佳純 まぁ――、(慌てて否定)いや、そう? よく見てなかったから。
 どうだか。
佳純 クレーの絵に感動してたから、そんなもの見る暇なんてなかったよ。
 (疑わしい目で)ふーん。よかったね、同じホテルで。
佳純 ま、貧乏旅行だってことは同じだな。

207号室の明かりが落ちる。
一階フロントにスーツケースを引いた馬場炯介と大きな肩掛けカバンを持った哀川七穂が来る。二人とも力尽きたように荷物を床にどさりと下ろす。炯介は呼び鈴を鳴らすが、またしても誰も現れない。他の宿泊客も見当たらず、ロビーはただ煌々と明るいばかりで静まり返っている。
二人は険悪ムード。歩き疲れてへとへとで、おまけに空腹でイライラしている。

炯介 (呼びかけて)すいません!
七穂 もうイヤ。疲れた。ここであってるのよね?
炯介 あぁ。(再び呼び鈴を押して呼びかける)ちょっと誰か!
七穂 レストランはシーズン前でまだオープンしてなかった。最終のバスは逃した。タクシーは通らない。道は間違える。せっかくラーメン屋があったのに、もっといいところで食べたいなんて通り過ぎるから何も食べてない。
炯介 割れた窓ガラスにガムテープを貼ってるような店だぞ。暖簾は黒ずんでたし、サンプルケースは埃だらけ。まともなものが出てくるとは思えないだろ。
七穂 何も食べないよりましでしょ。
炯介 他に店がないのがいけないんだ。見つけたと思ったら閉まってる。コンビニだって一軒もない。何なんだ、この町は。商工会議所に苦情を言ってやる。
七穂 すぐ人のせいにする。誰もいないの?
炯介 (苛立たしげに呼び鈴を鳴らす)誰か!

控え室から山内誠が現れる。今度は身なりはきちんとしている。

山内 お待たせして大変申し訳ありません。
炯介 遅いよ。
山内 失礼いたしました。ただいま大変混み合っておりまして。
炯介 混み合ってって、一体どこが――。
七穂 予約してます馬場です。この人の名前ですけど。
山内 はい、馬場様ですね、承っております。それではこちらの宿泊カードにご記入をお願いします。
七穂 はい(記入する)。
炯介 食堂、まだやってますか。
山内 (ノートパソコンを確認して)えー、お客様は夕食のご予約は……。
七穂 してないです。
炯介 でも、何かあるでしょ。何でもいいんで。
七穂 夕飯食べ損なっちゃって。
山内 そうでしたか。大変申し訳ないんですが、本日は他のお客様も含めて夕食の予約がございませんでしたので、何も仕入れてないんです。
炯介 何もない?
山内 申し訳ありません。
炯介 何も?
山内 はい、何も。
炯介 マジか……。近くに何かお店は?
山内 どこもまだシーズンオフで開けてなくて。
炯介 コンビニでもいいんで。
山内 はい、コンビニなら表の道を西に三キロほど行ったところに――。
炯介 三キロ! おれの住んでるアパートなんて向かいにコンビニがあるんだぞ。その二十メートル先にも別のコンビニがあるのに。
七穂 どっちかに軽井沢に移転するように言ったら?
山内 この町は色々条例がありまして。
七穂 条例。
山内 観光地ですから、その辺はうるさくてですね。そうだ。もしよろしければ、あちらの自販機にカップ麺が用意してございます。六種類。
炯介 (思わず声が裏返る)カップ麺!
七穂 (呆れて)結局ラーメン。
山内 焼きそばもあります。お仕事などで来られるサラリーマンの方々には夜食として大ウケでございます。
炯介 やかましいわ。
山内 お客様が何でもいいと仰ったもので。
炯介 これじゃあ普段のがまだましだ。
七穂 (記入を終えて)牛丼だもんね、毎日。
炯介 昼間は学食で食べてる。栄養バランスも取れてる。
七穂 もう卒業したのに、安いからって食べに行ってるんでしょ。
炯介 近頃はそういうやつが多いの。
山内 それではこちらがルームキーになります。お部屋は215号室ですね。(上手側の通路を指して)そちらに階段がございます。エレベーターをお使いのときは(今度は正面奥の通路を指して)こちらを左手に行ったところにありますので。
炯介 どうも。
山内 朝食は七時から九時の間でやっておりますので、明日の朝、食堂の方にお越しください。食堂は、(上手側の通路を指し)あちらを行った突き当たりにございます。
炯介 待った。その朝食を今食べたい。
山内 すいません、食料は明日の朝一に届くんですよ。
炯介 (がっくり)あぁそう。
山内 では、どうぞごゆっくり(控え室に消える)。
七穂 夕飯がカップ麺なんて、すてきな旅の思い出になりそう。
炯介 嫌味言うな。
七穂 言うわよ。言うでしょ。

佳純がロビーにお茶を取りに来る。炯介たちと鉢合わせて、思わず立ち止まる。

佳純 (二人を見て)こんばんは。
七穂 (会釈する)こんばんは。
佳純 よく会いますね。行く先々で。
七穂 そうですね。
佳純 ホテルまで同じとは。
七穂 えぇ。
炯介 (不機嫌に黙っている)
佳純 (雰囲気を察して)えーと、ティーバッグと紙コップ。お、軽井沢新聞だって。あぁ、ここ全部セルフサービスらしいですよ。じゃ、どうも。
七穂 (会釈して)どうも。

佳純、廊下を正面奥に退場する。

炯介 お前に色目を使ってたやつだ。
七穂 何それ。
炯介 気がついただろ、美術館で。
七穂 ちょっと見ただけでしょ。
炯介 ちょっとじゃない。何回も見てた。ちらちら、ちらちら。
七穂 目でも悪いんじゃないの?
炯介 いや、間違いなく七穂を見てた。パウル・クレーの絵を見てるふりして。
七穂 クレーよりわたしの方がましってことね。
炯介 (ありえないという風に)よせよ。
七穂 え?
炯介 とにかく、貧乏旅行ってことは同じだな。
七穂 どっちが貧乏かしらね。
炯介 おれたちに決まってるだろ。二人とも無職なんだから。
七穂 一緒にしないで。わたしは仕事を自主的に辞めたの。炯介は仕事が見つからないの。大違い。
炯介 妥協したくないんだ。美術館か博物館で働きたいんだよ。どうして西欧美術史を修めてIT企業で営業やらなきゃいけないんだ。それじゃ何のための勉強か、辻褄が合わないじゃないか。
七穂 IT企業も落ちたんでしょ。
炯介 手違いでね。書類上の手違いで。郵便事故で。打ち込みミスで。
七穂 とにかく落ちたの。
炯介 どうしてどこもおれを採用しない。
七穂 早稲田の大学院で西洋美術史を学んだエリートだから、みんな気後れしてるんでしょ。
炯介 その通り。
七穂 バッカみたい。
炯介 (ムッとして)さっさと荷物置いてラーメン食うぞ。
七穂 他に何もないしね。

炯介と七穂は荷物を持って上手側の通路に退場。
その上に215号室がある。
炯介と七穂がドアを開けて明かりをつける。広さは207号室と同じで、間取りはそれを逆にしただけ。炯介と七穂は部屋の狭さにしばし言葉もない。

七穂 何とか言いなさいよ。
炯介 (苦々しく)おれのアパートのがまだ広い。
七穂 すみれ荘ね。大学から徒歩七分。高田馬場にある築七十年のおんぼろアパート。入居者の大半が大学を卒業しても就職するでもなくふらふらして、永遠にそこに住み続ける呪われたアパート。中退の人も多い。みんな、そのままそこで死ぬんでしょ。
炯介 あのアパートには昔不知火猛がいたんだぞ。
七穂 そんな人、知らないし。
炯介 不知火猛だぞ。西洋的な感性で奇妙な幻獣を描き続けた画家。おれの隣の部屋に住んでたんだ。
七穂 その人が炯介の就職を斡旋してくれるわけ?
炯介 もう死んでる。昭和五十八年没。三十七歳の若さで死んだんだ。交通事故で。
七穂 あなたには何の関係もない人ってこと。
炯介 関係ある。おれの修士論文に三回も名前が出てくる。
七穂 隣の部屋に住んでたって書いたのね。
炯介 フランスの画家ルドンとの関係性を述べるのに言及したんだ。ルドンも不気味な怪物や幻想的な世界を描いたからね。
七穂 あら、ご立派。さ、着替えてラーメン食べよっと。
炯介 七穂は日本のカップ麺のうまさを知らない。
七穂 知るわけないでしょ、そんなもの。言っとくけど、もう二度とラーメン食べ歩きデートなんかしないから。
炯介 なんだって?
七穂 女があんなデートを喜ぶと思ったら大間違い。

両者にらみ合って、ふんと顔を背ける。

炯介 先に一人で食べてる。
七穂 ご自由にどうぞ。

炯介、部屋を出て行く。七穂は荷物をほどく。





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