Toru Sano

雑文書き、編集業。『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)、『アジア映画の森 新世紀の映画地図』(作品社)、『昭和・平成お色気番組グラフィティ』(河出書房新社)、文藝別冊『タモリ』『クリント・イーストウッド』(同)等。

みえないもの、不確かなものに目をこらし、耳をすませること――『(ハル)』

読ませる映画である。  といっても、複雑なストーリー展開を読ませる、とか、隠されたテーマを深読みさせる、とかいった意味ではなく、物理的に文字を「読ませる」映画な…

物理的な死をこえて生きつづける魂――『天国から来たチャンピオン』

「コーヒー、いただくわ」  ジュリー・クリスティ演じるヒロインは、ウォーレン・ベイティ演じる「主人公」の目をみつめ、そうささやく。  『天国から来たチャンピオン』…

【追悼・大林宣彦】『花筐』は“大林映画”の到達点にあらず、ただただ“映画”をつくりつづける大林宣彦の現在にほかならない

大林宣彦は、誤解されつづけてきた映画作家である。その作品に批判的な方面からだけでなく、いわゆる熱心な大林フリークからも少なからず誤解されてきた。それはごく一般的…

『Fukushima 50』における「表現の主体」について

以下は、産経ニュースの記事〈「Fukushima50(フクシマフィフティ)」観客絶賛、評論家酷評…原発が背負った「宿命」表出〉(https://special.sankei.com/a/ent

過去のない現在、あるいは「老害」について

さいきん、ネットニュースで「●●さんの若い頃の写真に反響。××さんにそっくり!」などという記事をよくみかける。実に他愛のない、いわゆる「ネタ記事」なのだが、僕は…

寅さんをめぐるイントレランス

YouTubeにアップされていた伊集院光のラジオ番組のなかに、『男はつらいよ』の一篇についてしゃべっているものがあった。  伊集院氏は、シリーズの後期において、あたかも…