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良い母は天国に行ける、ワルい母はどこへでも行ける

イヤイヤ期真っ盛りの息子は、風邪をひいてすこぶる機嫌が悪い。それにつられて大人も疲弊している。やっと保育園に行けるかと思った朝、37.9度の表示を見て、私は卒倒しそうであった。すぐさま救世主、実家の母の応援を呼んだ。

実母が来るまでの間、どうしようかと考えた。出汁で煮た野菜みたいな朝ごはんを作る気力はなかった。しかも当然ながら、風邪をひくと息子は食欲が下がり、偏食気味になるので、作ったところで食べない可能性も高かった。今週ずっと風邪の息子と一緒にいて、忍耐もエネルギーも尽きた私は、えいやっとばかりにポップコーンを作ることにした。ガスコンロの数センチ上でアルミの鍋をワサワサ揺らし、ポップコーンがはじけるのを待つ。息子は「なにちてるの、マーマ」といってやってくると、私の足を柱のように抱えて興味深げにコンロを観察した。

出来上がった山盛りのポップコーンに、大興奮した息子は、「ノラネコぐんだん きしゃぽっぽ」という息子の大好きな絵本とおんなじだ!うんま!といって食べてくれた。そんなとき、ある本の言葉が脳裏をよぎった。「良い母は天国にいける、ワルい母はどこへでも行ける」である。これは堀越英美著の「スゴ母列伝」という、古今東西の激ヤバ母ちゃんのエピソードを集めた本の副題だ。子育てに疲れたり、自己嫌悪に陥ったお母さんたちにぜひおすすめしたい一冊である。こんな無茶苦茶でも子は育つのか、と勇気がもらえる。作家の岡本かの子が、執筆の間、息子の岡本太郎を柱に縛っていたとか、強烈なエピソードが満載だ。もちろんこれは今なら通報待ったなしの虐待なのだが、「スゴ母」はいわゆる毒母とは違う定義なのである。そこを明らかに述べた部分を引用すると、

岡本かの子は理想的な聖母や賢母とは言えないが、子どもの人生を乗っ取ろうとする〝毒母〟とも違う。ただただ自分自身であり続けたために、我知らず型破りな育児をしてしまっただけだ。正しい母になりきろうとするのではなく、自分を貫いて独特な育児をするスゴい母、それを本書では「スゴ母」と呼びたい。  自我を捨てて子どもに尽くす聖母も、子どもの自我を自分の自我と同一視する毒母も、母子一体型という意味ではいずれも日本的な母親像である。翻ってスゴ母は強烈な自我を持つあまり、子どもの自我と真正面からぶつかり合う。

堀越英美「スゴ母列伝」(2020)

自分を捨てて献身する重たい母にも、子どもに自分を重ねる母にもなりたくない。自分が自分であることは、子どもにとっても自分自身にとっても健全な関係であるといえるかもしれない。

完璧であることに失敗して不機嫌な母になるくらいなら、多少、子育てのクオリティを下げてでも平静な母を目指そう。と、ポップコーンの塩と油を味わいながら思った。

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