見出し画像

映画感想 マリグナント 凶暴な悪夢

 実は見たかった映画。Netflix配信になったと聞いて、飛びついちゃった。
 『マリグナント 凶暴な悪夢』は2021年公開ジェームズ・ワンのホラー映画。脚本はジェームズ・ワンと妻のイングリッド・ビス。この映画のために書き下ろされた、完全なるオリジナルストーリーだ。制作費4000万ドルに対して、全世界で3490万ドルを稼ぎ出す。米国とカナダでは初日に200万ドルを稼ぎ、その週の興行ランキング3位だった。
 映画批評集積サイトRotten Tomatoesによれば、高評価76%、平均評価10点満点中6.3。評価はそこそこ高い作品だ。
 実際に見た印象は、いわゆるなホラーとはちょっと違う。いかにもなホラー的な定番のシーンを踏まえつつ、それを裏切るような展開が多々ほどこされて、意想外な結末に向かって行く……そんな作品だった。

 では前半のストーリーを見てみよう。


 1993年。岸壁沿いに作られたその建築物はシミオン研究所病院と呼ばれていた。
 F・ウィーバー博士はその日の研究結果をビデオとして残そうとしていた。
「ガブリエルは強くなった上、明らかな悪意を持つようになってきた。このまま力が増し続ければ、もう彼を押さえ込めない。しかしまだ私としては……」
 とそこに、病院スタッフが駆け込んできた。“彼”が病室の外に出た、と。ウィーバー博士は慌てて廊下に飛び出す。病院中の電源が怪しく明滅していた。警備員と共に問題の部屋へ飛び込もうとすると、彼が飛びついてきて、警備員の腕をへし折ってしまった。ウィーバー博士はとっさに麻酔銃を構え、彼を撃つ。
 ようやく事態が落ち着いて、部屋の中へ入っていく。その研究室にいた人たち全員が殺されていた。これだけの惨事を引き起こした“彼”は、麻酔銃を受けて昏倒していた。
 ウィーバーはその“彼”をベッドへ連れて行き、拘束させると、こう言い放った。
「今こそ悪性腫瘍を切除しないと」

 現在。主人公のマディソンが自宅に戻る。寝室に入ると夫・デレクがベッドに寝転びながら、テレビを見つつスマートフォンを弄っていた。
 マディソンは出産間近の体を抱えていて、夜勤明けで今すぐにでも眠りたい。しかしデレクはそんな妻の気分など意に介さない。
 間もなく夫婦で口論になる。逆上したデレクが、マディソンの顔面を掴み、壁に叩きつける。あまりの衝撃に壁にヒビが入り、マディソンの後頭部から血が噴き出す。
 それでもマディソンはなんとか夫を部屋から追い出し、どうにか部屋で眠ることができたのだった。
 その夜――。
 眠っている夫だったが、何者かの気配に目を覚ます。真っ暗闇の家の中に、誰かいる。誰だ……。
 振り返ろうとすると――“それ”がいた。デレクは“それ”に襲われて死んでしまうのだった。

 近所住人が通報して警察がやってくる。夜明け前の朝4時だ。デレクの凄惨な姿に、現職の刑事も唖然とするのだった。
 一方病院で目を覚ますマディソンは、お腹の中の子供がいなくなっていることに気付く。気絶している間に流産してしまったのだった。

 その後しばらくしてマディソンはなんとか復帰して自宅に戻る。
 しかし戻ったその夜、屋敷の周囲に何者かの気配があることに気付いた。マディソンは部屋中の扉を施錠し、「ここには誰もいない。誰も。想像よ。頭の中だけ……」と呟くのだった。


 ここまでが前半25分。

 まず展開が非常に早い。オープニングシーン終了までが6分。最初の惨劇、夫のデレクが死亡するまで15分。ホラーでも最初の犠牲者がこんなに早いのは珍しい。たいていのホラーは、まず日常描写を前半25分たっぷり描き、それから惨劇が……という展開を採りがちだ。そういう普通の映画なら25分使うような展開を、最初の15分にぎゅっと押し込んでいる。「定番の展開はスムーズに」――それこそ、映画のお客さんはこういう展開をよく知っている。だからよくあるシーンはスキップして、いきなり惨劇……という展開を採っている。
 ただ、問題が一個だけあって、主人公マディソンが何をしている人なのかわからないこと。住んでいる家は洋屋敷で家具もアンティークなものを揃えている。「お屋敷ホラー」はイギリス発の伝統的なスタイルで、それに倣っているといえるイメージだが、普通の収入の人がポンを買えるようなものではない。夫婦2人暮らしにしては部屋数が多すぎる。DV男であるデレクが、あんな家を買えるような仕事をしているように見えない。すると妻のマディソンだけど、いったい何をしている人なのか……。夜勤とは、なんの夜勤だ?
 その後もマディソンの仕事がわかりそうなシーンが特にない。この映画において奇妙に情報が抜け落ちているポイントがここ。マディソンの妹シドニーが女優志望なのもわかる。エミリー・メイの職業も掘り下げられている。マディソンだけがわからない。マディソンの少女時代も掘り下げられるのに、ここはなぜなんだろう?

 まあとにかくも展開が早く、登場人物の行動も早い。屋敷の近くに誰かいる……それがわかった時点で、マディソンは家中の扉に板と釘を打ち付ける。とりあえず危機に対処しようとする。これもホラーでは珍しいくらいで、多くのホラーではなぜか目前の危機に対して無防備……ということが多い。屋敷の近くに……というシチュエーション自体はよくある展開だけど、そこからすぐに行動するところがいい。
 さらにカットスピードも速い。マディソンが屋敷中の鍵を施錠するシーン、カットの流れが非常に速い。ここで注目なのはやはり屋敷のセット頭上を切り取って、マディソンの動きを俯瞰で捕らえたショット。ジェームズ・ワンはカメラワークにこだわる作家だが、こういうところで個性を出している。

 こんなふうにホラーの定番から始まって、少しずつ定番外しをしていくのがこの映画。話は遡るが、プロローグとなるシミオン研究所病院。あんな病院、現実にあるわけがない。でも昔のホラー映画では時々描かれていたようなタイプの病院だ。人里離れた病院や研究所で、怪しげな実験が行われていたが、そこでの何かがその後の悲劇の切っ掛けとなり……。
 こういうところはド定番。それこそ一昔前のホラーの定番。一昔前のホラーイメージから映画がスタートして、現代のホラーへと繋げていく……そういう作り方を志向した作品だ。さてその先はどうなってる?

 では続きの展開を見ていこう。


 翌朝、妹のシドニーが訪ねてくる。マディソンはいまだに子供を流産したショックが抜けきれずにいた。マディソンは「誰かと血の繋がりを持ちたい」と考えていた。なぜならマディソンは養女だったから。実の母親を知らない。8歳の時に引き取られて、その以前の記憶がなかった。

 一方、とある地下のツアー。シアトルの地下には古い都市があって、かつてはそこが地表だった。今でも商店の跡や石畳がそのまま残されている。しかし1889年の大火の後、政府は旧市街の上に新しい街を建てることにした……。
 と女はやってきたツアー客に、シアトル地下の歴史を語る。
 そんな仕事も終えた夜、明かりを消し、地上に上がろうとするが……。誰かの気配がする。誰だ……。女が真っ暗闇を覗こうとすると、何者かが飛び出してきた。女はなすすべもなく、その何者かに掴まってしまう。

 夜になり、マディソンが洗濯物を片付けていると、ふとラジオの声にノイズが混じり、後頭部が再び痛み出す。屋敷の中に何かがいる……その気配を感じて、警戒する。
 マディソンが洗濯室に入ると、突如老女が飛び出してきた。
「私の家で何をしてるの!」
 マディソンの体が動けなくなり、周囲の風景が変わる。どこかの家だ。何者かが現れる。何者かは老女に襲いかかり、殺害するのだった。

 翌日の朝になって、警察は件の老女が殺された現場へとやってくる。殺されたのはウィーバー博士。凄惨な殺され方から、デレクを殺害した犯人と同一であると推測された。
 そこから立て続けにもう一人の男性が殺害される。マディソンはやはりその殺害の瞬間を、幻覚として見るのだった……。


 ちょっと端折ったけれども、だいたいここまでで50分。物語の中間地点までで、ウィーバー博士と関係していたらしい老人も殺される。その2人の殺害を、マディソンは幻覚の中で目撃する。やっぱり展開が早い。ここまでが中間地点で、この後から「解明」へ向かっていく。

 さてモチーフの意味。とある地下ツアー、その案内人をやっている女性はエミリー・メイというのだが、このシーンにどんな意味があるのか。
 それは“裏世界”の存在。表面上には見えないけれども、封印された世界が存在する……。その裏世界は広大な世界で、幽霊が出るって噂も……。このモチーフは「屋根裏」のシーンでも繰り返される。
 これが後半展開の意外なヒントで、この段階で気付く人は気付く。私はもうちょっと後でピンと来た。ああ、これは怪談小説『ぼっけえ、きょうてえ』だな……と。このタイトルを出した時点で、わかる人にはネタバレだけど。

 すでに悪霊が存在を主張し始めて、そいつはどうやら「ガブリエル」というらしい。なぜガブリエルという名前なのかよくわからなかった……何か意味があると思うのだが。なぜよりにもよって天使の中でももっとも偉い人の名前を持ってきたのだろうか……。
 とにかくもこのガブリエルについて。ガブリエル自身は言語を発する能力はない。その代わりに「電気」を介して家電に喋らせることができる。ステレオはそうだし、携帯電話の中に入り込んで言葉を発することができる。
 悪魔や幽霊は電気を操ることができる。同じくジェームズ・ワン監督『死霊館』シリーズにも見られる特徴だ。幽霊はどうやら電気に干渉するらしい……という話はフィクション・ノンフィクション問わずよく聞く話である。
 このガブリエルのもう一つの特徴は、「関節が逆」であること。関節が逆……というのもガブリエルが何者かを解くヒントなのだが。その上で異様な俊敏さで、しかもめちゃ力が強い。
 と、謎の悪霊ガブリエルの特長については以上だろう。

 ただそうすると前半のホラーとして作られたシーンの一つ一つを検証すると、ガブリエルの力ではない特徴がシーンとして描かれている。その一つが、ガブリエルがたびたび瞬間移動を使っている点だ。この辺りはどうも後半との整合性が取れておらず、「シーンとして面白いかどうか」だけで作られてしまっている。その他の概ねは破綻なく作られているのだけど。この辺りで整合性が取れていない、というところがちょっと引っ掛かるポイント。

 私はここまでに「前半はホラー」と書いてきたけれど、実はこの映画、後半はホラー映画ではなくなっていく。ホラー映画の特徴の一つに、悪霊の特性についてきちんと説明されない……というものがある。しかし本作の場合は、後半に向けて「解明編」へ入っていき、悪霊が何者か、どんな特性を持っているか、これを掘り下げていく展開へと入っていく。
 するとどんどんホラーの空気が胡散霧散して、まったく別の映画が現れてきてしまう。終わりに向かっていけば行くほどに、どんどん怖さが薄れていく。代わりに現れてくるのは……モンスター映画というべきか、ヒーロー映画というべきか……。『マリグナント』でしかない、という独特な展開へと向かって行く。
 後半クライマックスに入っていくと、カメラの動きが『アクアマン』みたいになっていく。ほとんど『無双』ゲームのように悪霊が次から次へと人を殺していくけれど、もはやトーンがホラーではない。無双的な立ち回りは痛快ですらある。だからといって何かと問われると難しくて、もしもアメコミヒーローが人間を無慈悲に殺しまくったら、おそらくこんな映像になるでしょう……という展開が描かれる。スパイダーマンのヴィランである『ヴェノム』をもっと凄惨にしたもの、という感じだろうか。とにかくもトーンもカメラワークも、もはやホラーではない、別モノになっていく。

 始まりは怪しげな病院研究所から始まって、定番のホラー的な展開が描かれていくのかと思いきや、それは前半1時間ほどで、それ以降は探偵ものが始まり、クライマックスはスーパーヒーローが登場してしまう。いったいなんだこれは? 確かに『マリグナント』というしかない、不思議な映画となっている。定番のホラーから始まって、そのイメージを早々に削ぎ落として、次のイメージが始まったけれどそれも削ぎ落として、出てきたのは真新しいヒーロー映画だった。
 うーん、なんだったのだろう、この映画。なんともいえない奇想の映画。でもこういう映画でもわりときちんと成立しているように見せられているのも、ジェームズ・ワンの力量によるもの。ただホラーを期待した側としてはちょっと物足りないかな……。


この記事が参加している募集

映画感想文

とらつぐみのnoteはすべて無料で公開しています。 しかし活動を続けていくためには皆様の支援が必要です。どうか支援をお願いします。