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旅行でダウンする残念な人

 「うっ......やばい......!!!」

 猛ダッシュでトイレに駆け込む。上からも下からも濁流が勢いよく便器へと流れ出る。額からは脂汗が吹き出し、胸と喉の中間あたりで何か気持ちの悪いものが蠢いている。締め付けられるとも言えるような、搾り取られるとも言えるような、そんな鈍い痛みが下半身を襲う。早く治まってほしいのに、私の意思ではもうどうすることもできない。惨めだ。

 数十分が経過し、体の中が空っぽになった頃、やっと私は解放される。まあ、「解放される」と言っても、ほんの一時のことなのだが――。


 私は、誰かと旅行に行くと、よくおなかを壊し、吐き気を催す。そのタイミングは旅行の最中であるときもあれば、同行者と別れた後の電車の中にいるときだったり、まちまちである。だが、体調を崩す確率はというと、十中八九というところだ。なんとも残念な人間である。

 その原因ははっきりとはわからないが、たぶんストレスなのだろうと、私は考えている。ストレスと言っても、別に「同行者のことが嫌い」とか、「旅行が退屈だ」とか、そんなことは微塵も思っていない。旅行中に険悪なムードになったことだってない。私だって、毎回「すごく楽しい」と心の底から思っている。「この旅行が終わってしまうのは寂しい」とすら思っている。それは嘘偽りのない事実だ。

 だが、それでも知らぬ間にストレスを受けているようだ。小説や漫画で「体は正直だ」なんてセリフがあるが、私はまさにそれなのかもしれない。あまり好きなセリフではないので、癪ではあるが......。

 でも、それだったら、そのストレスの正体は一体何のだろうか――。私は、そのストレスの正体をたぶん知っている。それはきっと、「一人になれない」というストレスだ。

 世の中には、孤独が怖くて一人でいられない人間がいる。そこまではいかなくとも、誰かと共に暮らすことに抵抗を感じない人間がいる。彼らは、多少一人の時間が削られても生きていくことができる。きっとそれが世の中のマジョリティなのだろう。

 だが、私はそれができない。どんなに親しい人であろうとも、どんなに好きな人であろうとも、血のつながった家族であろうとも、一人の時間を奪われると生きていけない。たった一泊や二泊程度の短い旅行だけで、この有様だ。人と一緒に暮らしていくなんて自殺行為そのものだ。

 私は、あまり人が好きでない。いや、人が怖いのかもしれない。人と一緒にいる時間が長ければ長いほど、後に降り掛かってくる精神的ダメージ及び身体的ダメージは大きくなる。誰の視線にも怯えなくて済む、平和で穏やかな時間が欲しい。だから、私は一人の時間が大好きなのだ。

 やはり、私は誰かと旅行に行くべき人間ではないのかもしれない。だが、私はわがままな人間なので、たまには誰かと旅行を楽しみたいとも思う。ただ、体調を崩していたのでは、旅行を楽しむことができないし、周りにも迷惑が掛かる。

 旅行に行く度に、理想と現実の差を見せつけられて、自分が残念な人間だということを痛感する。もしこの世に神様がいるのなら、旅行のときくらい強靭な心と体を与えてくれたっていいのにと思ったりもする。意地悪だな......。

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