シェア
平野啓一郎
2015年11月13日 10:00
マンハッタンに長く住んでいるリチャードも、「ここは不思議な風景だなあ。」と、首を伸ばして通りを見下ろしたり、遠くの高層ビルを眺めて「ああ、あれが、……あ、そうか。」と呟いたり、すぐ側に建つビルの三階あたりの窓を遠慮気味に覗いてみたりした。 洋子も好きな場所で、チェルシー・マーケットまで買い物に行く時には、ケンと一緒によく往復したものだった。最初は抱っこ紐で抱え、そのうちにベビーカーになり、今
2015年11月12日 10:00
弁護士によるならば、非常にスムーズなケースらしく、子供も小さいだけに、条件の見直しに関しては、柔軟な内容となっていた。しばらくは、月の前半は、リチャードが日曜日から水曜日までの四日間、洋子が木曜日から土曜日までの三日間、ケンと一緒に過ごし、後半はその逆にするという取り決めで、夏季と冬季の長期休暇も含めて、年間を通じて丁度半分ずつ面倒を看ることになった。ヘレンと再婚し、姉のクレアの家族も近所に住ん
2015年10月22日 10:00
洋子は、リチャードの言い分に納得しなかったが、彼が最後に言った言葉には、胸をえぐられたような痛みがあった。「誰と結婚しても」と強調した時、彼が蒔野のことを当てつけているのは明らかだった。そして、その効果は、彼が咄嗟に期待したよりも遥かに大きかった。 洋子の脳裏には、蒔野から別れを切り出された、あのメールの内容が蘇った。「あなたには、何も悪いところはありません。」と彼は書いていた。それ