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林浩治「在日朝鮮人作家列伝」

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1945年から今日まで、10人の「在日朝鮮人作家」の作品と人生、その歴史背景を、文芸評論家の林浩治さんにミニ評伝で紹介していただきます。 (本文の著作権は、著者にあります。ブログ…
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#金石範

林浩治「在日朝鮮人作家列伝 総目次

林浩治「在日朝鮮人作家列伝 総目次


【01】金達寿(キム・ダルス)
 ──戦後在日朝鮮人文学の嚆矢『玄海灘』と『太白山脈』を中心に

【02】金泰生(キム・テセン)
 ――洗練されたリアリズムで、名もない庶民を描いた

 〔前篇〕
 〔後篇〕

【03】金石範(キム・ソクポム)
 ――「虚無と革命」の文学を生きる

 (その1)小さな民族主義者
 (その2)祖国朝鮮解放の闇/解放後朝鮮の人民弾圧
 (その3)戦後日本の闇を生きる

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林浩治「在日朝鮮人作家列伝」07   李恢成(りかいせい/イ・フェソン)(その13)

林浩治「在日朝鮮人作家列伝」07   李恢成(りかいせい/イ・フェソン)(その13)

↑ 「朝日ジャーナル」1980年10月3日

←李恢成(その12)からのつづき
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李 恢成──日本文学に斬り込んだ在日朝鮮人作家のスター(その13)13.韓国民主化と激動の世界

 韓国では1987年6月、民主化を要求するデモなど民主化運動が起こり、6月29日「民主化宣言」が発表され

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林浩治「在日朝鮮人作家列伝」03   金石範(キム・ソクポム)(その1)

林浩治「在日朝鮮人作家列伝」03   金石範(キム・ソクポム)(その1)

金石範――「虚無と革命」の文学を生きる
(その1)                             林 浩治

 前回の金泰生に続き、韓国済州島出身の作家金石範を紹介したい。金泰生は5歳のときに来日したが、金石範は懐妊した母親が来阪して生まれた。
 金泰生がナイーブで繊細なリアリズム日本語文体で、庶民の姿を描いたのに比して、金石範は日本語で書きながら朝鮮の民俗を大胆に取り入れた硬質な文体で

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林浩治「在日朝鮮人作家列伝」03   金石範(キム・ソクポム)(その2)

林浩治「在日朝鮮人作家列伝」03   金石範(キム・ソクポム)(その2)

(その1)のつづき→

金石範――「虚無と革命」の文学を生きる
(その2)                             林 浩治
ヘッダー画・野村寿孝

2)祖国朝鮮解放の闇

 『1945夏』(筑摩書房 1974年)は、青年期の作家の体験を追っている。そこには祖国の独立と革命を求めながら、後に作家となり虚無と対峙しなければならなくなる若き日の心象風景が映し出された。

 徴兵検査を受

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林浩治「在日朝鮮人作家列伝」03   金石範(キム・ソクポム)(その3)

林浩治「在日朝鮮人作家列伝」03   金石範(キム・ソクポム)(その3)

金石範──「虚無と革命」の文学を生きる
(その3)林浩治

→(その2)からつづく

4)戦後日本の闇を生きる

 金石範が解放前後ソウルで親交を結んだ同志張龍錫(チャン・ヨンソック)から受け取った手紙は、1949年5月5日付けが最後だ。
 張龍錫は手紙を書いたあと同志たちとともに一掃された。金石範がソウルに残っていたなら命はなかっただろう。反民特委が襲撃されたのが同年6月だ。
 同じ6月、李承晩

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林浩治「在日朝鮮人作家列伝」03   金石範(キム・ソクポム)(その4)

林浩治「在日朝鮮人作家列伝」03   金石範(キム・ソクポム)(その4)

金石範──「虚無と革命」の文学を生きる
(その4)林浩治

→(その3)からつづく

5)日本語で書いて生きる── “はらわたのない人間”

 金石範は日本語で生きていく決意とも言えぬところに追い込まれていった。後には在日朝鮮人の組織である朝鮮総連とも対立して、いよいよ日本語で書くという在日朝鮮人作家として自律していく。
 金石範は短篇「鴉の死」(『文藝首都』1957年12月号)や「看守朴書房」(

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林浩治「在日朝鮮人作家列伝」03   金石範(キム・ソクポム)(その5)

林浩治「在日朝鮮人作家列伝」03   金石範(キム・ソクポム)(その5)

→(その4)からつづく

金石範──「虚無と革命」の文学を生きる林浩治

6)『火山島』と金石範

 『火山島』は1983年に3巻まで上梓され、翌年の大佛次郎賞に選ばれた。97年に全7巻が完結すると、毎日芸術賞も受賞した。

 『火山島』は東アジアの戦後史に焦点をあて、歴史に翻弄される人間の孤独と情熱、愛と性、正義と欺瞞を描き日本語文学史上に屹立した孤高の大作である。
 軍国主義の日本が敗戦し、植

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林浩治「在日朝鮮人作家列伝」03   金石範(キム・ソクポム)(その6 最終回)

林浩治「在日朝鮮人作家列伝」03   金石範(キム・ソクポム)(その6 最終回)

→(その5)からつづく

金石範──「虚無と革命」の文学を生きる
(その6 最終回)林浩治

7)42年ぶりの韓国

 金石範は1988年11月に42年ぶりの韓国行を果たす。その後も韓国の政治情勢の変化に伴った困難と付き合いながら、十数回の韓国行を「朝鮮籍」(**注5)のまま敢行していた。

 2008年に金石範は次のような発言をしている。

 解放後一九四八年八月、四・三抗争のさなかに米軍占領下

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注) 林浩治「在日朝鮮人作家列伝」03  金石範

注) 林浩治「在日朝鮮人作家列伝」03  金石範

林浩治

*注1)大韓民国臨時政府

 1919年4月、朝鮮人独立運動家たちが上海で組織した亡命政府。当初李承晩を首班としたが、25年には李承晩が免職されて以降は金九を国務総理とした。40年には重慶に移動し光復軍を設立した。41年には対日宣戦を布告し朝鮮帰還を目指したが日本の敗戦には間に合わなかった。南朝鮮に進駐した米軍が臨時政府を認めなかったため解体した。

*注2)南朝鮮単独選挙反対闘争

 

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林浩治「在日朝鮮人作家列伝」 02   金泰生(キム・テセン)〔後篇〕

林浩治「在日朝鮮人作家列伝」 02   金泰生(キム・テセン)〔後篇〕

                       ヘッダー画:奥津直道

〔前篇〕からつづき

9)『文藝首都』で文学修行 1955年、金泰生は冒頭に書いたように、金達寿の紹介で小品を在日朝鮮人の雑誌に発表した。その年の暮には、純粋文学の雑誌『文藝首都』*2)の保高徳蔵を訪ねる。
 なだいなだは、『文藝首都』の面々をモデルとした小説『しおれし花飾りのごとく』(1981年 集英社文庫)に、金泰生を模した

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*注)林浩治「在日朝鮮人作家列伝 02 金泰生」

*注)林浩治「在日朝鮮人作家列伝 02 金泰生」

林浩治「在日朝鮮人作家列伝 02 金泰生」の注*1)~*14)です。(編集部筆+著者〔林さん〕添削・加筆)

*1)「くじゃく亭通信」実業家、高淳日が、渋谷に開店した画廊「ピーコック」(1968年)とレストラン「くじゃく亭」(1970年)を発信地とする、日本と朝鮮半島、在日をつなぐ文化紙。のちに金泰生が受賞した「青丘文化賞」も高淳日と実業人仲間がはじめたもの。
三一書房から『始作折半 合本くじゃく

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