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#金石範
林浩治「在日朝鮮人作家列伝」07 李恢成(りかいせい/イ・フェソン)(その13)
↑ 「朝日ジャーナル」1980年10月3日
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李 恢成──日本文学に斬り込んだ在日朝鮮人作家のスター(その13)13.韓国民主化と激動の世界
韓国では1987年6月、民主化を要求するデモなど民主化運動が起こり、6月29日「民主化宣言」が発表され
林浩治「在日朝鮮人作家列伝」03 金石範(キム・ソクポム)(その3)
金石範──「虚無と革命」の文学を生きる
(その3)林浩治
→(その2)からつづく
4)戦後日本の闇を生きる
金石範が解放前後ソウルで親交を結んだ同志張龍錫(チャン・ヨンソック)から受け取った手紙は、1949年5月5日付けが最後だ。
張龍錫は手紙を書いたあと同志たちとともに一掃された。金石範がソウルに残っていたなら命はなかっただろう。反民特委が襲撃されたのが同年6月だ。
同じ6月、李承晩
林浩治「在日朝鮮人作家列伝」03 金石範(キム・ソクポム)(その4)
金石範──「虚無と革命」の文学を生きる
(その4)林浩治
→(その3)からつづく
5)日本語で書いて生きる── “はらわたのない人間”
金石範は日本語で生きていく決意とも言えぬところに追い込まれていった。後には在日朝鮮人の組織である朝鮮総連とも対立して、いよいよ日本語で書くという在日朝鮮人作家として自律していく。
金石範は短篇「鴉の死」(『文藝首都』1957年12月号)や「看守朴書房」(
林浩治「在日朝鮮人作家列伝」03 金石範(キム・ソクポム)(その5)
→(その4)からつづく
金石範──「虚無と革命」の文学を生きる林浩治
6)『火山島』と金石範
『火山島』は1983年に3巻まで上梓され、翌年の大佛次郎賞に選ばれた。97年に全7巻が完結すると、毎日芸術賞も受賞した。
『火山島』は東アジアの戦後史に焦点をあて、歴史に翻弄される人間の孤独と情熱、愛と性、正義と欺瞞を描き日本語文学史上に屹立した孤高の大作である。
軍国主義の日本が敗戦し、植
林浩治「在日朝鮮人作家列伝」03 金石範(キム・ソクポム)(その6 最終回)
→(その5)からつづく
金石範──「虚無と革命」の文学を生きる
(その6 最終回)林浩治
7)42年ぶりの韓国
金石範は1988年11月に42年ぶりの韓国行を果たす。その後も韓国の政治情勢の変化に伴った困難と付き合いながら、十数回の韓国行を「朝鮮籍」(**注5)のまま敢行していた。
2008年に金石範は次のような発言をしている。
解放後一九四八年八月、四・三抗争のさなかに米軍占領下