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林浩治「在日朝鮮人作家列伝」03   金石範(キム・ソクポム)(その6 最終回)

→(その5)からつづく

金石範──「虚無と革命」の文学を生きる
(その6 最終回)

林浩治

7)42年ぶりの韓国


 金石範は1988年11月に42年ぶりの韓国行を果たす。その後も韓国の政治情勢の変化に伴った困難と付き合いながら、十数回の韓国行を「朝鮮籍」(**注5)のまま敢行していた。

 2008年に金石範は次のような発言をしている。

 解放後一九四八年八月、四・三抗争のさなかに米軍占領下で成立した大韓民国は、過去歴史清算を葬った民族反逆者、親日派による政権、政府であるのは、韓国の極右勢力も否定できるものではない。憲法「前文」の臨時政府の法統(伝統)を継承した大韓民国政府というのは牽強付会となるだろう。
(「悲しみの自由の喜び」『すばる』2008年7月号)


 金石範は大韓民国成立の正統性に疑義を呈して、なおかつ反民族的な過去の清算による民主国家の成立を望んだ。

 金石範の訪韓後、韓国の政権は金大中(キム・テジュン/1998~2003)―盧武鉉(ノ・ムヒョン/2003~2008)―李明博(イ・ミョンバク/2008~2013)―朴槿恵(パク・クネ/2013~2017)―文在寅(ムン・ジェイン/2017~2022)と民主政権と朴正煕・全斗煥の軍事政権の後継である保守政権がジグザクに入れ替わっていた。

 2015年1月11日夜、金石範は前年に制定された済州四・三平和賞の受賞を知らされた。『火山島』の執筆によって「四・三」の真実を国際社会に知らしめる契機を作るとともに、イデオロギーを超えた普遍的な人間の価値を描き出したことが認められた。この賞は「済州4・3平和財団」が創設したもので、韓国政府や地元自治体も関係している。『火山島』は全巻の翻訳が進み同年10月には出版記念行事も予定されていた。

 金石範は4月1日の授賞式に出席するため訪韓、済州島で授賞式に臨み「四・三の解放」と題して発言した。
 その内容は、アメリカが南朝鮮を占領して呂運享らの朝鮮人民共和国を解散させたこと。アメリカから帰国し国内に政治的基盤をもたない李承晩が日帝時代の親日派を取り込み、米軍政の支援の下、左翼勢力や民族派を弾圧、重慶臨時政府の要人たちをも押さえ込んだこと。米軍制下での南朝鮮単独選挙の強行による単独政府樹立に走ったことが、民族の南北分断をもたらしたというようなことだった。縮めて言えば、李承晩政権の正統性の否定だ。

 金石範の歴史批判に対して、韓国の右翼団体や保守マスコミが授賞取り消しを求めた。保守言論は四・三事件を暴動と表記、朝鮮日報は「大韓民国を侮辱した在日小説家・金石範」(5月13日社説 日本語電子版)となじり、統一日報も「大韓民国の建国と存在自体を否定する反大韓民国的な発言だ。」(統一日報 河泰慶国会議員)という金石範批難を掲載した。在日本大韓民国民団も民団新聞(2015年7月8日)で、「金石範氏のもの言いは、民衆の尊厳や命を踏みにじって省みない最貧の破綻国家、北韓に付き従ういわゆる従北勢力の論理となんら変わるところがない。」と批判した。

 同年10月『火山島』全巻が韓国で翻訳出版され、16日ソウルで記念行事が開かれることになっていた。
 ところが、韓国政府は金石範の入国を拒否した。在日韓国大使館は「旅券法に基づき審査した結果」とだけコメントしたが、韓国の右翼的論調に保守的な朴槿恵政権が同調したものだ。

 2016年12月9日国会で朴槿恵大統領弾劾訴追案が可決、翌2017年2月28日憲法裁判所により罷免が宣告されて朴槿恵大統領は失職した。そして5月、共に民主党の文在寅が大統領に選出された。
 この年9月、金石範は第1回李浩哲(イ・ホチョル)統一路文学賞を受賞した。
 連日のろうそくデモによる朴槿恵政権退陣と文在寅民主政権の成立が、2017年9月15日から19日の金石範韓国ソウル訪問を実現したのだ。
 受賞演説で、
「李承晩政府に偽正統性造りの解明と〈四・三〉の真相究明、歴史の正しい立て直しは不可分の歴史的要求性としていま提起されています。」と語り、南北平和統一の達成まで言及した。金石範の韓国行は、韓国の政治情勢の行きつ戻りつの民主化過程と連動してきた。
 
 『火山島』をはじめ金石範文学は、日本語で書かれながら韓国では韓国文学として認知され、同時にディアスポラ文学としての日本語文学という越境的な存在となった。
 金石範はこう言っている。

『火山島』などの作品が私であり、私と重なった見えない私である。現実の作者の私は影である。
            (「生・作・死」『すばる』2020年12月)

 独立と革命に導かれ、絶望と虚無を超克した人生、それが金石範文学であり、金石範文学こそ金石範の実体なのだ。

(了)

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◆著者プロフィール

林浩治(はやし・こうじ)
文芸評論家。1956年埼玉県生まれ。元新日本文学会会員。
最新の著書『在日朝鮮人文学 反定立の文学を越えて』(新幹社、2019年11月刊)が、図書新聞などメディアでとりあげられ好評を博す。
ほかに『在日朝鮮人日本語文学論』(1991年、新幹社)、『戦後非日文学論』(1997年、同)、『まにまに』(2001年、新日本文学会出版部)
そのほか、論文多数。
金石範は、とくに尊敬する作家。
2011年より続けている「愚銀のブログ」http://kghayashi.cocolog-nifty.com/blog/は宝の蔵!
金石範にかんする記事も多数!
 
http://kghayashi.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-ad563d.html
↑「満月の下の赤い海」が「すばる」に発表されたときの書評。
このページの一番下に、「金石範に関する記事」の一覧が載っています。

林浩治さんは、けいこう舎刊『吟醸掌篇』vol.4にも、金石範が朝鮮語で書いた小説「魂魄」を紹介してくださっています。

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(編集部記)

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