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私信 じゃあね

あなたは
会う時はいつも
薄い紙に書いたような少しゆがんだ微笑みで
私の目を見てゆっくりと挨拶をして
「どこへ行く?」
「何が食べたい?」
と尋ねながら
「行きたいところがあるんだけど」
と打ち明ける
「いいよ」
そうしてあなたのプランが走り出す。

あなたの問いかけは
断定で
期待する答えが
あなたの中から溢れ出し
掬い上げるはずの私は
会話の現場を後にしたから
あなたの苛立ちは
あなたの中で完結する

私は
あなたに添ってきたことの
その先に居るあなたが
独りで高笑いしているように見えて
交わす言葉は
だんだん少なくなっていて
何かに急(せ)かされているように
あなたが決めたスケジュールを
多忙を理由に
悉く断った

あなたは
この時間をどうしたいのか
あなた自身がわからなくなっているようで
何度も「残念だ」と繰り返しながら
予定の内容を少しずつ替えては
「打診」の体(てい)で決定事項を告げてくる
「今度ね・・
「いつなら来られる?
「この日はどう?
「その日の予定は?
「それはどういうこと?

「工事の人は何時に来るの?
「何人で?
「どんな工事?
「何を直すの?
「何時に終わる?

一々応えるどんな言葉も
あなたの腑には決して落ちない

そうして
私の断る理由には
少しずつ尾鰭がついて
考えもしなかった予定が拓けて
もう
言葉を探すのをやめた

私は
「気をつけて」と車を降りた
あなたは
「どういう意味?」
不機嫌そうに
運転席から助手席のドアを開けるから
後ろの車のクラクションが鳴った

じゃあね

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