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サンタクロース~02.十一月の出来事

2 十一月の出来事 

 それはトトが七歳になった十一月の最初の日曜日のこと。その日は早朝から雪が降っていました。ドアを少しでも開けると冷たい空気が、ふわっと一瞬で部屋中を駆け回ります。
 今日はトトとフラン、ふたりでお留守番です。両親は、いつものように隣の町の病院までフランの薬を取りに出かけていました。
「ねぇフラン。フランはクリスマスプレゼントに何をお願いするの?」
 トトとフランは部屋で来月に迫ったクリスマスの話をしています。
「あのね。フランはカエルをお願いするわ」
「えっ、カエルが欲しいの?」
 トトがびっくりして、すこし高い声を出しました。
「うん。ずうっと前だけど、窓の外に一匹のカエルが居たの。でも、そのカエルはとても寂しそうだったわ」
「それで?」
「私も一人だと、とても寂しいもの。だから、こんどその子にカエルをあげるの」
 フランが笑顔を見せます。
「でも、サンタクロースは、生き物なんてくれないよ」
 トトが心配そうに言います。
「そんな事ないわよ。だって、ママが言ってたもん。「いい子にしていたらサンタクロースに何でも貰える」って」
 フランは唇をきゅっと横に締めると得意気に言いました。
「他に欲しい物は、ないのかい?」
「ないわ、フランはカエルが欲しいの!」
「無理だよ。生き物なんてくれないよ」
「いやだ、カエルが欲しいの!」
 そう言うと、フランは自分の耳をふさいで「聞きたくない」というジェスチャーをしました。まだ幼いフランは、嫌なことがあると決まってこのジェスチャーをするのです。
 トトは困ってしまいました。他の物ならサンタクロースもプレゼントをしてくれるのでしょうが、何しろフランが欲しがっていたのは生き物です。しかも、この季節にカエルなんか見たことがありません。もしプレゼントがなかったら、どんなにフランはガッカリすることでしょう。トトの胸は悲しくなり、少し考えると「それなら、僕が探しに行こう!」と思いました。でも、そう考えると急に落ち着かなくなり、いますぐにでも外へ探しに行きたくなってきます。
 しばらくすると、フランが疲れて眠ってしまいました。トトはフランが一度眠ってしまうと一時間は起きない事を知っていたので、両親の留守でしたが急いで近くの池へカエルを探しに行きました。幸い、朝から降っていた雪は止んでいます。
 トトの家から五分ほど走った所に小さな池がありました。もう少し寒くなると池の水が凍ってスケートができる小さな池。もちろん、今日は誰もいません。
 トトは持ってきたアミを水の中へ入れると、何度もすくってみます。しかしアミの中にはゴミや葉っぱしか入っていません。トトは勇気を出して冷たい池の中へ足を踏み入れて、少し奥の方を探してみました。
「うわぁ、冷たいなぁ」
 トトは長靴を履いているとはいえ、ほんの数時間前までは雪が降っていたのですから、池の水の冷たさは説明するまでもないでしょう。
「カエルどころか、魚も取れやしないや……」
 五分もしない内にトトの手足は真っ赤になって感覚もなくなっていきました。それでもトトは諦めません。
「君は、何をしているのだい?」
 急に背後から声をかけられて、トトはびっくりして振り返りました。そこには見知らぬおじさんが立っていたのです。この辺では見たことのない立派な背広と長めのコートを着ています。
「カエルを探しているんだ」
 トトがおじさんに聞こえるように大きな声を出しました。
「えっ、カエルをかい?」
 おじさんが聞き返します。トトは寒さに震えながら、わけを話しました。おじさんは何度もうなずいてはトトの話を聞いています。
「そうか、君はとても優しいのだね……。でも残念な事にカエルは今の時期は冬眠しているのだよ」
「うん。わかってる。でも、もしかしたら眠るのを忘れているカエルが居るかも知れないでしょ?」
 そう言うトトの顔は、とてもカエル探しを諦めそうにはありません。おじさんは少し考えて、
「それなら明日までに、私がカエルの置物を用意しておくよ。なるべく本物そっくりな物をね。だから、早く家へ帰って体を温めなさい。君が風邪を引いてしまうよ」と提案をしました。
 トトは少し考えると池から上がってきました。おじさんがとても優しい顔をしていたので、そうしよう。と思ったのです。
「ありがとう、おじさん」
 トトはおじさんと約束をして家へと急ぎました。
「ただいま」
 そっとドアを開けて家へ入ると、なぜか隣のライラットおばさんが玄関で待っていたのです。おばさんの顔はとても青ざめていました。
「トト。いったい、どこへ行ってたんだい?」
 おばさんが今にでも泣きそうな顔をしてトトに近寄ってきました。それを見てトトも泣きそうになりました。
「ごめんなさい」
 トトはフランを一人残して、外に出たことを叱られると思ったのです。
「いいかい、しっかりお聞き。とても大変な事が起きたの」
 おばさんはトトの体を両手でつかむと、ためらいがちに話しました。
「あなたたちのパパとママが事故に遭ったの……」
 トトには、おばさんが何を言っているのかが分かりませんでした。ポカンとしているトトの目を見つめ、おばさんが今度はゆっくりと話しました。
「……あなたたちのパパとママが亡くなったのよ」
 運が悪かったのです。両親が乗った馬車が凍った橋の上を通りかかった時、急に野良犬が出てきました。犬に驚いた馬は前足を高く上げると後ろの足を滑らせてしまい、そのまま川に転落してしまったのです。一時間後、救出された二人は、すぐに病院へ運ばれましたが再び目を覚ます事はありませんでした。
「亡くなったって、どういうこと?」
 七歳の男の子にそんなことが分かるはずもありません。おばさんは返事に困り、
「もうしばらくすると、あなたたちのおじい様とおばあ様がいらっしゃるわ。それにそんな格好じゃ、いますぐ風邪をひいてしまうわよ」
 と言うと、トトを暖炉の前まで連れて行き、着替えをさせて体を温めてあげました。幸いフランはまだベットで寝ていました。
 しばらくすると、家に色んな人が入ってきました。トトが知っている人もいれば、知らない人もいました。なかには部屋に入ってきて、トトの姿を見ると泣き崩れる人もいたのです。
 トトは両親が留守なのに「なんでみんな家に来るんだろう」と思っていました。トトには、まだ両親の死を理解することが出来なかったのです。
 夕方になると、隣町に住んでいた母親の両親が収容先の病院から二人の遺体と共に駆けつけました。
 二人はトトとフランを呼ぶと丁寧に両親の死を伝え、これからは「自分達と暮らす事になる」と子供たちに教えました。トトはようやくそのことを理解すると泣き崩れました。それでも、フランには全く理解できませんでした。
 それから、ひと月くらいの間、フランは何かにつけて祖父母に両親のことを「どこにいるの?」「なんで帰ってこないの?」と聞いたのです。その度に、祖父母は両親を失った子供たちの不憫さと、二人を亡くした悲しみが溢れだし、とても心が痛みましたが、フランにわかるよう丁寧に話してくれたのです。

つづく ~ 03.ケンカの後始末


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